地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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大河ドラマ視聴「八重の桜」~第26話「八重、決戦のとき」

 今話とかかわって、悲しくも誇らしい会津の歴史として語り継がれるのが、会津の女性として並々ならぬ覚悟を見せる西郷頼母の妻子たちと会津藩士としてのプライドを胸に逝く白虎隊。
 この事にふれて整理したのは、以下のようだ。正直に言えば、これが嫌いというか正視できないでいるのが分かる。
〇 降参兵の心境
 http://kazenoshin.exblog.jp/7550917/
〇 白虎隊士
 http://kazenoshin.exblog.jp/7544825/
〇 白虎隊士②
 http://kazenoshin.exblog.jp/7547937/
〇 飯盛山へ行く
 http://kazenoshin.exblog.jp/6269718/
 まだよく整理できていない違和感が、もう一つある。その象徴が「ローマ市寄贈の碑」と「フォン・エッツ・ドルフ氏寄贈の碑」だが、これについてふれていないのが分かる。
 西軍が新政府を樹立し、その延長線上に第二次世界大戦までの歴史が刻まれるわけだが、その近代戦にかかわって、人々を戦争に駆り出すために美化された苦い歴史がこれに重なるのだ。
 とりあえず頭にあるのは、「ローマ市寄贈の碑」は、昭和3年(1928)で、1920年代(大正9年~昭和4年)に、日本大衆一般に浸透していたファシズム実践者の「ムッソリーニブーム」があったらしいこととのかかわりかなということ。
 同じ年の1月には、宝塚では「レビュウ・イタリヤーナ」という歌劇が上演されロングランを記録されているとか。これは、ファシスタ党歌「ジョヴィネッツァ(青春)」で第一幕が始まり、ファシスタ党やムッソリーニが登場する歌劇らしいとか。
 そして、その延長線上に「フォン・エッツ・ドルフ氏寄贈の碑」がドイツ国大使館より贈られるというのがあって、これが、昭和10年6月。明かに戦争賛美に利用された歴史である。
 案内板によると、元々ここに書かれた文字は、第2次世界大戦後占領軍の命により削り取られたが、昭和28(1953)年に復元されたとか。気になるのは、その捉えだ。
 案内では、これが会津の精神が世界へとつながっているというのだ。
 参院選後は、状況的にこの時代に戻そうという動きが強まる気配を感じる今の時代、観光とは別に、これとどう向き合うのかということも大切なのかなとも……。

 ドラマの概要については、エキサイト「大河ドラマ 八重の桜」のページから、第26話「八重、決戦のとき」の粗筋をお借りする。
 http://tv.excite.co.jp/detail/nhk_taiga52/story_26.html
 「八重、決戦のとき」
 八重(綾瀬はるか)は、半鐘が鳴り響く城下を佐久(風吹ジュン)らと共にひた走り、鶴ヶ城に入城する。しかし、出発が遅れたユキ(剛力彩芽)たちは刻限に間に合わず、敵弾飛び交う城下を逃げ惑う。そして、頼母(西田敏行)の登城の後、自邸に残った妻・千恵(宮崎美子)たちは自刃の道を選び壮絶な最期を迎える。新政府軍の大山(反町隆史)らは、主力軍が郭外に散って手薄になった鶴ヶ城へ向けて一気に兵を進めるが、出丸の内側から撃たれ続ける精度の高い弾道に進軍を阻まれる。

by shingen1948 | 2013-07-05 08:52 | 大河「八重の桜」視聴記録 | Comments(0)