地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
カレンダー
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28

大河ドラマ視聴「八重の桜」~第25話「白虎隊出陣」

 今話は、二本松を制覇した西軍が、石筵口から母成峠を破って会津へ進入してくる頃の会津城下の様子が描かれる。
 白虎隊は、容保の護衛として出動するのだが、相次ぐ敵の攻撃に会津兵も減り、容保は悩んだ末に白虎隊に出陣を命じることになる。
 この頃の山本家では、八重が戦場へ向かう父や夫を見送り、その八重も登城することになるようだが、描かれるのは、その登城前夜、あるいはその朝あたりかな。
 この頃、山本家には、会津に駐在していた米沢藩士のうち内藤新一郎と蔵田熊之助がいらっしゃったはず。この方々については第22話「弟のかたき」で新しい情報としてふれたのだが、第22話「弟のかたき」ではドラマに登場していた。その方がが、今話では省略される。
 この方々は、八重が登城する日の早朝に会津の戦況を伝えるため、この山本家で急いで朝食を済ませて米沢に出発しているらしい。会津落城後、この方々に八重はお世話になるらしいという意味では重要なことかな。
 なお、見送った父は、その後一の堰の戦いで戦死するようだ。

 今話は、会津城下内側から外を見る視点で描かれている。
 その進軍する辺りを塩谷重七郎氏の「大玉村山入村の戦」によって確認したことがある。この時の自分のイメージは、会津城下内側から外を見る視点しか持ち合わせていなかったので、この玉ノ井村から母成峠あたりの散策は、新鮮な感じがした。
 二本松を制覇した西軍が、石筵口から母成峠を破って会津へ進入し、城下に迫ってくるあたりを、会津の外側から見る視点での散歩だった。その大筋としては、二本松を制覇した西軍は、慶応4年8月19日に石筵口からの会津攻めを決め、8月20日には全軍を率いて、朝8時に二本松を出発して、玉ノ井村に到着し、山入村を経由して母成峠へ進軍するということになる。
 これが、同盟軍側の見え方では微妙に違う。
 同盟軍側は、この時点でも二本松城を奪還しようという動きがあって、その奪還しようとするルートと、この西軍の母成峠への進軍ルートが重なったことで、この地で接触し、戦闘になっているのが「山入村の戦」だ。母成峠の戦いは、この後になるという見え方が、同盟軍側の視点かな。
 西軍から見れば、母成峠への進軍の途中の小さな戦闘ということでしかないということになるのかな。

 ドラマの概要については、エキサイト「大河ドラマ 八重の桜」のページから、第25話「白虎隊出陣」の粗筋をお借りする。
 http://tv.excite.co.jp/detail/nhk_taiga52/story_25.html
 「白虎隊出陣」
 二本松を陥落させた新政府軍はついに会津領内へと陣を進めてきた。城下には触れが回り、権八(松重豊)と尚之助(長谷川博己)が登城する。八重(綾瀬はるか)は、自分も一緒に出陣したいと懇願するが、権八はそれを一蹴する。戦況はますます悪化し、白虎隊にも出陣命令が下る。八重は砲術を指南した隊士たちに最後の助言をして送り出す。そして、とうとう八重ら女性たちにも登城の触れが回る。
 佐久(風吹ジュン)やうら(長谷川京子)も城に入る支度をするなか、弟・三郎(工藤阿須加)の形見の衣服をまとい、男装をする八重。その手には、覚馬(西島秀俊)から送られたスペンサー銃が握りしめられていた。
by shingen1948 | 2013-06-27 06:02 | 大河「八重の桜」視聴記録 | Comments(0)