人気ブログランキング |

地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30

大河ドラマ視聴「八重の桜」よそ見編Ⅳの2~関連資料展と散歩情報③

 展示物「佳人之奇遇」の作者柴四郎氏の弟柴五郎氏がかわる「ある明治人の記録(石光真人編著)」【中公新書】が、自分の読書の宿題になっていることにふれた。
 今回注目はその作者の出身だ。
 そう思ったきっかけは、たまたま見つけた「ばってん日記:ある明治人の記録【毎日新聞(2013/2/17)地方版(熊本)】」がいう「現在まで福島人の心の支えになり、励まし続けている本を世に出したのは、熊本にゆかりの人だった」ということ。
 http://mainichi.jp/area/kumamoto/news/20130217ddlk43070253000c.html
 これが先にも触れたが、その編著者石光真人氏の祖父石光真民氏が熊本細川藩物産方頭取で、父真清氏が野田豁通によって柴五郎宅に預けられたという縁であるとのことだった。寡黙な柴五郎氏の生き方に、石光真人氏の心の琴線が共鳴しての出版だとか。
 ここに、秋月悌次郎氏の第五高等学校(熊本大学の前身校)のエピソードを重ねれば、ここには、こういった生き方に心の琴線に共鳴する感性と柔軟な視野が育まれている土壌があるのだということを感じさせる。

 手持ちの秋月悌次郎氏情報は、観光案内解説の聞きかじり。
 明治元年には会津戦争の責任を問われ終身禁固刑となりるが、明治5年特赦で赦され、明治5年に新政府に左院省議。その後、第五高等学校の教師になるという経緯のようだ。
 ここでは、漢学・倫理学の教授を務め、小泉八雲と同僚だったとか。「会津若松市観光公社」のページでは、小泉八雲に「神様のような人だ」といわせる立派な人格だったと紹介される。
 http://www.tsurugajo.com/park/index.html
 聞きかじりのもう一つが、明治26年(1893年)1月の末に、ドラマにも登場した高崎正風氏が訪ねて来た次の日の講義を休講にした話。

 五高記念館<熊本市>のページを確認すると、確かに、教授側として、嘉納治五郎、秋月胤永、小泉八雲、夏目漱石の名があげられる。この秋月胤永氏が秋月悌次郎氏だ。
 http://www.pref.kumamoto.jp/site/arinomama/gokou.html
 この紹介文の「龍南精神を合い言葉に」ということにも、悌次郎氏がかかわるらしいのだが、そのことにたどり着くのに「勅語演説」なるものの確認が必要だった。
 教育勅語はよく知らないが、そのイメージにはきな臭い匂いを感じているといった処だが、悌次郎氏は、これにかかわる演説が得意だったらしい。
 式日には、校長が教育勅語を奉読されたらしいが、五高では、この奉読後に「勅語演説」を行うことを例としたということだ。
 悌次郎氏にとっては、この教育勅語に内在する「儒教」精神で、自らの会津藩士としての熾烈な過去が浄化され、それを語ることで聞く人に感動を与えたという側面があったのではないかと想像する。
 悌次郎氏は、儒教のイデオロギーによって、欲しない鶴ヶ城籠城戦を戦わざるをえなかったのだが、それは教育勅語に内在する儒教精神によって、悔恨ではなく誇りになったのではないか。終身禁錮や恩赦は勿論のこと、新政府へ従う行為さえも浄化され、それが熱く語られた時、聞く者には感動となって響いたのではないかと。
 思えば、ここの土壌には西南戦争に参加して敗北を知る熊本の士族たちの精神もあるはずで、下地にこういった生き方に心の琴線に共鳴する感性があったのではないかとも……。
by shingen1948 | 2013-05-16 07:06 | 大河「八重の桜」視聴記録 | Comments(0)