地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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大河ドラマ視聴「八重の桜」よそ見編Ⅳの2~関連資料展③

 本当の歴史に近づきたいなと思った時に大切な資料は、どれだけ確からしいかという事実が確認できる資料ということだろうか。
 ただ、本当の歴史に近づきたいなと思うその思いの中には、自分の偏った見え方があったら、それに気づき修正したいというものもあると思う。
 そういう意味では、ドラマは一つの見え方であり、歴史学者の説もまた一つの見え方に過ぎないともいえないかとも。同等に見てしまうのは失礼かな。

 ちょっと回りくどい言い方になったのは、関連資料展の展示物「佳人之奇遇」の作者である柴四朗氏の弟「福島県人初の陸軍大将柴五朗」を整理しておきたいからだ。
 柴五郎氏は、「会津若松市ホームページ」あいづ人物伝にも紹介されるが、その視点は、薩摩・長州の藩閥によって要職を独占されていた明治政府で、陸軍大将にまで進んだ偉人伝の視点かな。
 http://www.city.aizuwakamatsu.fukushima.jp/j/rekishi/jinbutsu/jin19.htm 
 確認していくと、対立軸の見え方よりもっと大きな視野で、この方が影響を及ぼしている読書人が多いように感じる。その本が「ある明治人の記録(石光真人編著)」【中公新書】のようだ。
 柴氏は寡黙な人で、生前自分の半生をあまり語ることはなかったらしい。その寡黙な柴氏が、晩年になって、幼少年時代についての文章を遺書のつもりで書いたとか。この文章を本にしたのが、編著作人の石光真人氏ということらしい。
 著者石光真人氏と柴五郎氏の縁は、父親を介するらしい。父真清氏は、熊本細川藩物産方頭取石光真民の子息とか。この真清氏は、野田豁通によって柴五郎宅に預けられたという縁だとか。
 編著者は、明治を薩長土肥の視点からのみ眺めていては、大切なものを見失うとの思いからの出版とか。読後感に、明治維新観が一変するというのが多いように感じる。
 その視点は、明治維新からはじまる日本の近代化の連続線上に捉え、第2次世界大戦で完結する見え方にまで導くものらしい。
 整理というよりは、読書の宿題を頂いたということかな。

 ※ 平成25年度収蔵資料展「八重の時代の人々」の紹介頁の会津城中烈婦和歌ヲ遺スノ図『佳人之奇遇』の図は、ネットで目にした中では一番きれいかな。
 http://www.history-archives.fks.ed.jp/2013/yae.html 
by shingen1948 | 2013-05-10 07:25 | 大河「八重の桜」視聴記録 | Comments(0)