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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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台畑(南矢野目)周辺を歩く⑲~夜盗舘の位置情報修正

 別のところを散歩していて、そこを散歩するための資料で、それまで漠然としていた事が明かになる事がある。自分だけで納得しいればいい事なので、大概はそのままにしておく。しかし、そういう事が結構積み重なってくると、出来るだけ修正しておこうかなとも思うようになってくる。
 今回は、夜盗舘の位置情報。
 先に「歴史地図」にプロットされている位置を、附近の情報の書き込みをもとにして推定したところだった。特に、石ケ森の前の道筋が御刈屋遺跡への道筋だと示すメモとのかかわりを参考にして、阿武隈急行線の北側を想像したところだった。
a0087378_828179.jpg 今回「台地の東に豊かな田園風景をイメージする」散歩にかかわって、福島市の遺跡分布図で附近の遺跡分布を確認しようとしたら、その図の端の方にこの夜盗舘の位置情報が記されていた。その情報では、先に撮ったこの石ケ森の写真の西側を走る道筋附近のようだ。修正しておく。
 この辺りは道筋の改変が繰り返されていて、この土地の見方に慣れていない自分だけが断絶しているように感じているだけで、本当は「歴史地図」が示す御刈屋遺跡への道筋ともつながっているのかもしれないとも思う。
a0087378_829293.jpg
 それらしき風景は何もないので、単に位置情報の修正のみだ。
 順序を追ってちゃんと確認するのなら、この夜盗舘の伝説を確認するのが先だと思うが、そういう積りもない。
 「信夫の里の狐達⑨~加茂左衛門稲荷大明神の御利益」で整理したように、「伝説夜盗舘」の「夜盗」が「他の集落に夜襲をかけること」とかかわりそうな気がしているだけだ。 
 http://kazenoshin.exblog.jp/17296008/
 この時に、加茂左衛門稲荷大明神の霊験あらたかな御利益のうちの盗賊の話の重なりも気になって、「福島散歩」の紹介を引用しているが、今回もそれを再掲しておく。
 桑折町の大きな商人に藤倉という人があった。ある時、商用で京に上り、商品を仕入れての帰り道、日も暮れたこの石ケ森にさしかかると、にわかに強盗の群れがあらわれ、一行を取り囲んで商品や有り金を残らず奪って逃げようとした。この時、加茂左衛門はたちまち大入道に化けてこの盗賊の群れを追い払い、その金品を藤倉一行に取り戻してやったという事である。(中略)これは、事実として伝えられる話である。
 これが、「加茂左エ門稲荷之記」の以下の部分と重なるのだろうと思う。
 
凶悪なる怪盗一味のため所持の財宝を略奪された傷心の桑折巨商を助けた話もその篤信に報いた加護であったこうした奇瑞霊感著しく遠近郷民の崇敬は日に加わり、その信仰を日に篤くし今に伝えられている。

by shingen1948 | 2013-04-28 08:32 | ◎ 地域散策と心の故郷 | Comments(0)