地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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大河ドラマ視聴「八重の桜」~第16話 「遠ざかる背中」

 視聴率は、13.8%とか。
 京の方の話では、割に合わない守護職を辞めるタイミングを逃す容保に藩士達がイライラしているようだが、みている方でもイライラする。
 その大きな歴史の流れは、薩摩藩のもくろみによって動いていくという状況で、教科書的な正史の幕末は薩長の主観で描かれるが、ドラマではこれでもかと会津の視点。史実に近い描き方で仕方ないのだろうが、現代的な感覚では、春獄のようにさっさと逃げてしまえばいいのに、慶喜に無理強いされるという描き方は重過ぎかな。

 その会津藩の視点は、山川健次郎監修「会津戊辰戦争史(会津戊辰戦争史編纂会)」が整理されている。
 「大政奉還」の項の「戊辰開戦責任者」については、以下のように記される。
 豊信朝臣の建白は、之を約言すれば平和の間に公議に依って政治を為すべしと謂ふに在り、然るに薩藩は既に長藩と提携して、飽くまでも倒幕の企画を実行せんと欲し、12月7日大久保一蔵、西郷吉之助等が岩倉具視朝臣の諮詢(※謀りごと)に答ふるに、王政復古の基礎を建つるには、一たび千戈を動かし天下の耳目を一新し死中活を求むるに在りと極言し、爾来事毎に徳川旗本及び我が藩、桑名藩を激昂せしめたり、是を以て結局平和の改革を破り、戊辰の戦争を惹き起こせしものは、実に具視朝臣及び西郷、大久保の三者なりと言わざるべからず。(戊辰始末)
 その後の具視朝臣の策略的行動と、それに対峙することなく下阪という行動をとる慶喜公と、そのために留守になる二条城の警備に関して以下のように記す。
 竹中が歩兵隊若干を率いて二条城を守るの任に当らん事を乞うが、慶喜公はこれを許さず、反幕府の人々に気受けのよい水戸藩の大場に留守を命じて刀を賜う。
 この時、新撰組の近藤も留守が命じられる。

 会津の場面では、今でも地元での人気が高い中野竹子が登場。
 中野竹子は、江戸の会津藩上屋敷で生まれ育った聡明で文武に優れた方だったとか。幼少期から赤岡大助に師事した薙刀は、道場で師範代を務めるほどの腕前だったとも。人気の高さの本質は、そんなことより、かなりの美人だったということかな。
 薙刀と鉄砲にかかわる会話は、竹子の婦女隊にかかわる運命と籠城戦の八重の行動にかかわる伏線。

 ドラマの概要については、エキサイト「大河ドラマ 八重の桜」のページから、第16話「遠ざかる背中」の粗筋をお借りする。
 「遠ざかる背中」
 会津の大火のさなか、行方不明になっていたみね(豊嶋花)を三郎(工藤阿須加)が見つけ出した。そして、みねを捜しに火元近くをさまよっていたうら(長谷川京子)を尚之助(長谷川博己)が救い出す。命がけでみねを捜したうらの姿に八重(綾瀬はるか)は、うらがみねを厳しくしかるようになった本当の訳を知る。それは、都にいる覚馬(西島秀俊)にもしもの事があったときにみねが山本家を継げる人物になるよう育て上げるためだった。その頃、都では会津の願いが叶い、容保(綾野剛)の京都守護職が解かれようとしていた。ところが、その直後、喜びを打ち砕く悲報がもたらされる。
 ※ 喜びを打ち砕く悲報=孝明天皇(市川染五郎)が崩御したという知らせ。これによって、会津への帰国の期待が打ち砕かる。
by shingen1948 | 2013-04-27 05:55 | 大河「八重の桜」視聴記録 | Comments(0)