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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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台畑(南矢野目)周辺を歩く⑱

 専門的な方は、台地の東に広がるこの田園風景の中に古代道にかかわるイメージは語らない。しかし、単なる散歩者の感覚では、どこかでこのイメージを引きずっていることにふれてみたくなる。
 一般的には、信夫の里に入る有力な古代道の道筋の候補は、新幹線のトンネルの出入り口に重なっているとされる。ここから信夫の里に入った道筋は、信夫山の西周りと東周りの候補を想定することになって、信夫山を避ける見方らしい。
 そして、先に整理したように、国見の大木戸を抜ける森山地区で見つかったのが古代道の道筋だとされる情報がある。この道筋も、専門的な方の見え方では東湯野に回り込んでいるということになるらしい。

 気になるのは、何も考えずにそのほぼ定説とされるその地点を直線で結んでみると、その線は新幹線と旧奥州街道の間に挟まれたこの田園風景を通って、信夫山を越えて行くということ。この勝手な見え方で、「ふくしまの歴史」を眺めれば、丸子条理遺跡では、平安時代の水田が確認されたが、条理制を示す土地の地割は確かめられなかったとした後のこんな記述が気になる。
 東湯野の増田条理制遺構は、条理遺構とかかわる地割りの方向に一致する水路が確認され、条理の跡が存在していることは認められるが、丸子条理遺跡と同じように、その地割の整えられた時期は明らかでない。

 信夫の里の新幹線の軌跡だが、何の配慮も無くただ直線で突き抜けているように見える。土地が低ければそこは高架橋で、その地が高ければそこはトンネルで、ただ直線で突き進むというイメージだ。ところが、そこに微妙な配慮があるのかなとも感じる。
 それは、福島駅と接して通過するために、やや西側に寄っているということだ。そう思って見れば、古代道の信夫の里の入り口が、新幹線と重なり、信夫の里の国見の古代道の道筋とされる情報が、この新幹線の軌跡の東側を通るということに、結構説得力を感じるのだが、これも勝手な見え方かな。
by shingen1948 | 2013-04-26 17:37 | ◎ 奥州侵略の路 | Comments(0)