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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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台畑(南矢野目)周辺を歩く⑮~台地の東に豊かな田園風景をイメージする

 小森舘~鎌田舘の道筋は、耳取川筋でもある。
 台畑(南矢野目)周辺を歩くという視点では、台畑の台地を南側から回り込んだ道筋と、北側から回り込んだ道筋、それにその高台の峯を越えてきた道筋が、その台地の北東で合わさって、東に向かう道筋と、北のこの小森舘~鎌田舘の道筋でもあり、耳取川筋でもある道筋に向かうという五叉路を越えてくる。a0087378_10313414.jpg ここが、その五叉路だが、ここからは、充分に低地であり耕地とのイメージに納得できる地形になっている。
 昨日整理した道筋は、この五叉路の右の道筋を進んでいく。
 この五叉路から東に向かう道筋を進めば、小森舘から神社経由して信夫山方面に抜ける道筋と交差し、その道筋を進むと、北側の道筋と南側に回り込む道筋に分かれるのだか、その間に挟み込まれたところが、丸子条理遺跡だとか。北側の道筋を進んで、小学校にぶつかり更に北に折れて進んだ辺りが、石名田遺跡とされる。この辺り、古くから耕地として利用されてきたとされるようだ。
 報告書の遺跡分布をお借りして、今回と昨日整理した散策の道筋を確認する。
a0087378_1055220.jpg 会津にいた頃、親父の本棚から盗み見していた「会津の古代」の書物では、条理遺跡なる見え方には懐疑的な扱いがされることが多かった。それは、条理遺跡とされる土地の仕切りは、耕地として適切な大きさであって、必ずしも条理遺跡てあることの必要条件ではあるが、十分条件とはなりえないということだった。
 しかし、信夫の里では、条理遺跡と示されるものを、結構見かける。
 ここ信夫の里の古代が、歴史的にその可能性多いところというその土地特有のことかもしれないし、目にしていた書物が古いということかもしれない。
 いずれにしても、散策としては、古くから耕地として利用されてきた地で、条理遺跡の可能性もあるという見え方で充分満足。
by shingen1948 | 2013-04-19 10:57 | ◎ 地域散策と心の故郷 | Comments(0)