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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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台畑(南矢野目)周辺を歩く⑧

 昨日は「台畑遺跡」の福島市の弥生時代にかかわる部分を整理した。
 この時代、書物で確認する中では他の時代と負けない位にその足跡が紹介されるのだが、実際に散策して歩いていると、この時代の足跡は少ないと感じる。
 そのことを、マホロンの検索ページで確かめてみる。
 「福島市の弥生時代」を調査されている遺跡に絞って検索すると、瀬上の青柳、荒井の小沢南、八島田の勝口・前畑、下野寺の中ノ内、宮代の孫六橋、そして、この台畑遺跡だけらしいことが分かる。ここに、未調査地を加えても、平石の照内、庭坂の遠窪、それにこの近くの丸子の石名田と泉の道下遺跡の3遺跡が加わるだけらしい。
 「ふくしまの歴史」では、このうちの台畑遺跡の水田跡、青柳遺跡の再葬墓、それに、勝口・前畑遺跡のいろいろな遺物を使って「福島市の弥生時代」が紹介されているという状況のようだ。
 昭和42年発行の「福島のあゆみ」を確認してみると、飯坂大船山の開墾地、泉の道下・南沢又などから稲作にかかわる石庖丁が発見されたことなど遺物をもとにした紹介が中心だ。
 大船山出土の石庖丁は写真で紹介される。他に生活用具の紹介で、余目小学校所蔵の弥生式土器等が写真で紹介される。
 改めて「ふくしまの歴史」に紹介される遺物と見比べると、資料展示室所蔵の勾玉や勾玉造りにかかわる資料が新たに提示されて充実しているようだが、石庖丁については、勝口・前畑遺跡出土品と出土地不明の出土品、それに復元模造品が紹介されるのみだ。気になる出土地不明の出土品と「福島のあゆみ」の大船山出土の石庖丁とを見比べたが、欠け具合からはこれとは違うものらしい。ならば、大船山出土品や余目小学校所蔵の行方が気になるところかな。

 そういう中で、この台畑遺跡の弥生時代の水田跡は、福島市で一番古いということで紹介されるのだか、その時代のムラの痕跡はここでは発見されていないようだ。ここの中心は、奈良時代から平安時代のムラということのようだ。
a0087378_11364717.jpg この時代の連続性という視点に立てば、弥生時代から古墳時代の痕跡はここでは残っていないらしい。
 この台地にこだわってみれば、その裾野が広がる南側の位置に相当する冨塚前遺跡が気になるところかな。時代の連続性を意識すれば、この遺跡は古墳時代と鎌倉~室町時代の遺跡らしい。「ふくしまの歴史」では、そのうちの冨塚舘を中心に紹介される。関係があるのかどうかは分からないが、台畑遺跡が、弥生時代の水田と奈良時代から平安時代のムラの痕跡で、台畑遺跡の抜けた時代の生活展開痕跡がここにあるというのが興味深い事かな。
by shingen1948 | 2013-04-11 11:38 | Comments(0)