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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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台畑(南矢野目)周辺を歩く⑤

 遺跡紹介でよく見かける写真は、平安時代の住居跡があるとれる台地とその時代の水田跡とされる低地の様子がよく分かるとされる「台畑遺跡」遠景の写真。確かにそうなのだろうが、この風景に見慣れていない他所者にとっては、これが実際の風景となかなか重ならない。 
 それで、いろんな事を試す。
a0087378_5171682.jpg まずは、とりあえず南から見た風景と東側から見た風景の想定で風景を見る。ただ台地の東側が低地になっていて、ここに平安時代の水田跡との情報があるので、東側から見た風景の可能性が高いとは思っている。
 次に、本調査の遺構配置図の形と見比べる。その形状からも台地を東側から見ているのだろうとは思う。その発掘されている部分は、その形状から、高台の南側辺りだろうかとは思うのだが、この時点では自信がない。というのは、低地とされる部分は、確かに台地よりは低地ではあるのだが、散策した感じでは、周りの水田地帯に比べれば、結構高いというのではという感覚的なズレのようなものがあるのだ。

 気がつくまで時間がかかったが、虫眼鏡で拡大してみれば直ぐに解決。奥に新幹線の高架橋が写っていたのだ。台地を東側から見みた風景に間違いない。
 本調査の遺構配置図と見比べ直せば、解説がいう低地とされる発掘部分の右端が公園付近で、発掘されている台地部分は、現況のアパートが建つ前の道筋から南側だろうか。 
 ここは、台地の南端部分で、台地の大部分は当時の原形のままの状態と見える。台地と耕地との境界が、現況の福島商業からの道筋と重なって見える。
by shingen1948 | 2013-04-08 05:30 | ◎ 埋蔵文化(古墳・それ以前) | Comments(0)