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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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大河ドラマ視聴「八重の桜」よそ見編Ⅱ

 ドラマ第11話「守護職を討て!」とかかわる海老名季昌氏の動向については、本編視聴記録として整理した。
 この方を追ってみると、通説とされる中心的な見え方ではなく、やや斜めから見る見え方ができる。よそ見を大切にしたい散歩人にとっては、このことが面白い。会津常詰でない場合、会津に応分の屋敷はないというのも、この方の確認の中で知った事だ。
 この方の誕生<天保14年(1843)>地が天寧寺町で、武家屋敷内ではなのも、当時の海老名家が相州警備担当だったからという事らしい。
a0087378_5403363.jpg 弘化元年(1844)に、父親が御目付役になると郭内に移るのだが、応分の屋敷はないので割場内に住む事になるらしい。三歳の頃というから弘化3年(1846)だろうか、米代4ノ丁一柳某の旧屋敷を拝領して移住するとか。
 それで、幕末の地図で米代4ノ丁一柳某の旧屋敷を探せば、何と八重さんの家の道を挟んだお向かいさんに「一柳幾馬(250石)」が見える。多分、ここだろうと思って確かめて行くと、嘉永元年(1848)6歳の頃に、初めて真向かいの山本様に頼んで学問を始めたとある。
 ドラマでは描かれていなかったが、その師が八重の祖父か父かは分からないが私塾を開いていたのかな。
 八重は、弘化2年(1845)11月の誕生との事なので、この時3歳の赤ちゃん、覚馬と八重は17歳違いということなので、この時覚馬兄さんは、20歳。覚馬の2歳下に長女がいらっしゃるとのことで、この方が18歳というのが、ドラマの家族構成に加えての情報かな。
 ついでに、八重の母親左久さんが、文化7年(1810)生まれとのことなので、この時38歳。左久さんが17歳の時、婿養子に入るのが八重の父権八氏だが、左久さんの一つ年上との事で、39歳かな。この権八氏の御実家を幕末の地図で確認すると山本家の2軒置いた西斜め向かえの「永岡権之助(150石)」。そして、その西側が「角場」になっているらしい。

 この時の海老名季昌氏だが、この方は後には日新館の厳しい進級段階にも優秀な成績で素読所・講釈所を通過卒業される。その最初の基礎の学問に関わったのが、山本家ということになるらしい。
 ただ、情報としてのエピソードは、ある日、この方が「孝経」を持って山本家の先生の処へ行って、本を開いてみたら、漢字ばかり並んでいたので気を失ってしまったというもの。家に抱えて送ってこられたとか。
 よそ見好きの散歩人が気になるのは、送ってくれたのはどなたかなという、普通にはどうでもいいことかな。
by shingen1948 | 2013-03-24 06:59 | 大河「八重の桜」視聴記録 | Comments(0)