地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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信夫の里の狐達21~信夫の里の独国和尚⑦

 「福島市史」近世Ⅱでは、福島市内の寄寓先として、「北沢又金福寺住僧」として、「南沢又の光徳寺」・「中町の塩沢無涯」・「常光寺」などをあげる。ネットに流れる「女川町誌」の情報では、「布教の拠点ともいうべき家は女川では補陀閣、南沢又では光徳寺、北沢又は不明、福島駅では塩沢家、差塩では松崎家、亀岡では山木家、 斯様な家々を拠点として行脚と布教に一生を捧げた人である」とする。

 「女川町誌」の情報では布教の拠点から外しているが、常光寺とのかかわりは調査されているらしい。
 常光寺門前に、都会風の立派な等身大の碑が建てられ、掃除も行届いていることを確認しているらしい。更には、弟子の塩沢無涯によって、ここにも分骨されているらしいことが確認されているようだ。
 その碑は、「都会風の等身大の碑」とのことだ。
a0087378_912435.jpg この碑はそれよりは小ぶりだと思うが、「五○○遍照独国大和尚 禅○」が読み取れる。
 「福島市史」近世Ⅱの「五台独国」解説にある「北沢又の川寒金福寺跡地蔵堂停の和尚碑は、「五台遍照独国大和尚」と大書した石塔があり」とある。このことから「五台遍照独国大和尚」にかかわる石塔は、この碑であろうことを想像する。
 福島側の情報では、この寺を寄寓先とすることとかかわりありそうにイメージするが、女川の情報では、そのことには触れない。また、ここの石塔については、地元の方の信仰によるものではなく、弟子の塩沢無涯氏にかかわる方々の信仰心と見えたようにも読み取れる。
 いずれにしても、散歩の中では見過ごしてしまう石塔類の一つ一つに、それぞれの願いが込められているという事は確認できるかな。
by shingen1948 | 2013-03-21 09:03 | ◎ 地域散策と心の故郷 | Comments(0)