信夫の里の狐達⑮~信夫の里の独国和尚
2013年 03月 14日
【福島の民話(片平幸三)】では、御山の御坊狐の話が川寒(がさぶ)で展開されるものだから、そのかかわりで独国和尚にふれた。
民話とかかわる散歩なので、地域の方々がイメージする独国和尚像で通り過ぎた。単なる散歩記録なので構いはしないとは思う。
何を持って名僧とするのかは分からないのだが、それでも、小心者なので、ちょっと失礼なのかもしれないということが気になった。
信夫の里で名僧とされる独国和尚像も整理しておいた方が落ち着くのかな。
堅い扉の向こうの遠い世界だが、「福島市史」近世Ⅱの「社寺と名僧知識」に紹介される独国和尚像をお借りする。
五台独国金福寺に住した五台独国という方は、信夫の里では名僧とされた方であったということのようだ。恐らく、川寒(がさぶ)では、この事が地域の誇りとして語り継がれていたものなのだろうと思う。
北沢又金福寺住僧。女川の人。はじめ曹洞禅を学び、後天台密教を修め、関西、奥羽など諸国を遍歴し、特に福島・石城・米沢(亀岡文殊)に普教の遺跡がある。
福島では、北沢又の川寒金福寺跡地蔵堂停に「五台遍照独国大和尚」と大書した石塔があり、南沢又の光徳寺・中町の塩沢無涯・常光寺などに寄寓し、いわき市差塩良堂山地蔵堂、及び郷里の間を往復して、文政13年(1830)5月21日塩沢家で寂入した。68歳、詩文をよくし書もまた勝れている。
先の整理は、その語り継がれる事が御山の御坊狐に相応しいと思ってお借りしたということだ。