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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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大河ドラマ視聴「八重の桜」~第9話「八月の動乱」

 「8月18日の政変」は、長州等幕府打倒をねらう勢力を御所から退け、京の情勢が一変する。ひたすらまっすぐに戦う会津だが、その純粋な忠心の向けられた先は、朝廷であったということでもある。

 前話「まならぬ思い」の「天覧の馬ぞろえ」についての解説では、「会津藩による天覧の馬ぞろえは、信長以来280年ぶりとのこと。それを持って武士の誉れになる」とするのだが、そこには飛躍がある。
 幕府は、それまで朝廷が政治との関わることを規制してきたはず。黒船来航で、これが変質するきざしをみせる。これを契機に尊王思想等が浮上し、幕府の権威が急速に失墜していきそうになることを防ぐ策として、朝廷の権威を借りようとしたもの。
 幕府が孝明天皇から勅許を得ようとするのは、日米修好通商条約をめぐる論争の反対派を抑える政治工作という手段だったのだが、結果的にこの一連の動きが、朝廷の権威を急速に上昇させたという事らしい。
 幕府の権威は、その相対として失墜していくのだが、これを朝廷と手を結ぶことで何とか回復を図ろうというのが「公武合体論」だろうか。
 その目的を確認すれば、あくまでも強固な幕府の権威を保つ事であり、朝廷の権威は、そのための利用手段だったはずなのだ。つまり、朝廷の権威を借りて、幕府の権威を強固にするということだったはず。
 信長以来280年間「天覧の馬ぞろえ」などしていなかったのは当然なのだ。

 ドラマで描かれる「8月18日の政変」における会津の純粋な忠心先は、朝廷であったという事は、目的と手段の発想が逆転しているということなのだと思う。

 エキサイト「大河ドラマ 八重の桜」のページから、第9話「八月の動乱」の粗筋をお借りする。
 http://tv.excite.co.jp/detail/nhk_taiga52/story_9.html
 「八月の動乱」
 京都で警備に当たる覚馬(西島秀俊)たちのもとへ薩摩から密使が送られ、倒幕を企む長州を都から排除する企てに協力するよう求められる。孝明天皇(市川染五郎)もこの動きに応じ容保(綾野剛)へ勅書を差し向け、1863年、八月十八日の政変が起こる。その頃、会津では照姫(稲森いずみ)の右筆選びが行われ、八重(綾瀬はるか)の名が最有力候補として挙げられるのだが……。
 ドラマが描く「8月18日の政変」は分かりやすかったと思う。具体的過ぎても、抽象的であり過ぎても分かりにくいさじ加減をうまくさばいたように見えた。覚馬が、京都に留まる事の伏線の一部でもあるようにも思う。
 田舎者には、よかったと思うのだが、都会人のお気には召さなかったようで、視聴率は15.1%だったとか。
by shingen1948 | 2013-03-08 06:07 | 大河「八重の桜」視聴記録 | Comments(0)