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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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信夫の里の狐達⑪~再び御山の御坊狐⑤

a0087378_7531378.jpg 川寒から飯坂古道の馬道をたどれば、長次郎狐の暮らす一杯森にたどり着くのだが、松川河岸段丘上にたどる道筋に、塩沢家で入寂された名僧が足跡を残すらしいので、そちらに寄り道をする。この名僧と共に諸国を巡ったといわれる鉄五郎という方が、この寺の近くにお住まいだったらしい。この方は剣に秀でて、和尚の伴侍をされていたとか。

 名僧といわれる方の偉大さは、その方の持つ法力で表現されることが多い。現代風にみれば怪しげなのだが、地域の方々がその偉大さを何とか表現したいという心持は分かる。逆に、自分も含め、法力程度の怪しげさが許容できない現代人の感覚の方が危ういのではないかとも感じる。

 この和尚は、祈祷がすぐれている方だったようだ。この寺の近くの小池で、神職数名が熱意を込めて雨乞いの祈祷をしたのだが、一向にその気配が見えなかった。そこに、黒染の衣を着たこの方が現れて、経を読みあげ、声高に気合をかけ払子を池中に投げ入れて間もなく大雨が降って来たとか。
 この和尚の生活ぶりだが、生き物は殺してはならないと言って、着物を洗濯する時は先ずシラミを拾って紙に包んでおいて、洗濯物が乾くとそこにとっておいたシラミを振りかけて元に戻してから着たとか。庭の除草も、むしり取るのは残酷だと言って、丁寧に堀り取ったり、抜き取ったりするというやり方だったとか。

 なお、払子(ほっす)だが、獣毛や 麻などを束ねて柄をつけたもので、今では僧が説法などで威儀を正すために用いる法具だが、元々は、殺生できない虫や塵(チリ)を払うためのものだったとか。

 信夫山(御山)は、修験の山であるは先に整理している。今回確認できたのは、一人の名僧だが、修行を終えて御山を降りられた多くの修験僧の方々は、信夫の里の人々の心に、その足跡を残されていて、その中で信夫狐が語られるという状況かな。
Commented at 2013-03-08 09:55 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by shingen1948 at 2013-03-12 07:29
情報としては、間接的な表現ですが、寺の住職談とされるものです。寺ともかかわるようにも読み取れますが、間接的な情報であり、情報元を明示していないので、曖昧な表現にしました。
今のところ、情報元の趣旨を考慮していない部分読みなので、全体を読んでその趣旨を理解した上で、情報元としたいと思っています。
Commented at 2015-05-26 05:45 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by shingen1948 at 2015-10-24 03:13
対応が遅くなりました。申し訳ありません。使っていたパソコンが壊れ、ようやく買い換えました。
修行を終えて御山を降りられた修験僧が、信夫の里の人々の心にその足跡を残されていて、その中で信夫狐が語られるという世界観で、確認できた名僧を追ったのですが、現在、その墓碑を見失っています。
by shingen1948 | 2013-03-07 07:54 | ◎ 地域散策と心の故郷 | Comments(4)