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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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続・福島を通り過ぎた風~フクシマはすでに過去の出来事<平成24年2月の頃>③

 「映画監督:若松孝二さん訃報のニュースに接して」で整理した残念に思う事に、氏が撮る原発の映画をみてみたかったということがあった。昨年3月時点で、秋にもう一本撮りたいとしていたので、撮り上がりは今ごろかな。
 http://kazenoshin.exblog.jp/16633010/
 どんな作品になっていたかというヒントの一つは、対談での発言内容。
 「東電をもじくって、これを芝居でつないで、間接的には、皆が疎開して取り残されて死んだおじいさんおばあさんが5人位、密室で餓死して死んでいるのを、……。それか、731部隊のやつか、誰も手をつけないやつ。」とか。
 もう一つのヒントが、氏の経費削減も兼ねる手法である「東電をもじくる」ためのニュース映像を探したはずだということ。
 最近出てきた、その氏がいう「東電をもじく」りたくなるだろう情報が、「<東電>虚偽理由で原発視察妨害 国会事故調に「真っ暗」【毎日新聞(2013/2/7)】」かな。
 若松監督がタブーに挑戦し、隠そうとしているものを全部ぶちまけるだろうという期待感に応えるニュース映像としては、どんな場面があるかなと想像は膨らむ。

 虚偽内容は、国会事故調が、緊急時に原子炉を冷却する「非常用復水器」が地震で壊れた可能性があるとして現地調査を計画した時、東電が原子炉建屋内は「真っ暗」で、放射線量が高い区域もあり、建屋内に入って調査するのは危険であることを強調し同行を拒んだとのこと。これで国会事故調は現地調査を断念したが、これが虚偽だったとか。
 2011/10/18時点で、明るさは確保されていて、10/28時点では照明も使用可能だったということのようだ。

 若松監督の「東電をもじくる」作品は、「気張って作る歴史物」のはずだが、こういう東電の体質は見透かす作品に仕上がったはずだが、今となっては分からない。作品は幻なので、生の情報を固定しておくしかないかな。
 「<東電>虚偽理由で原発視察妨害 国会事故調に「真っ暗」【毎日新聞(2013/2/7)】」
 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130207-00000029-mai-soci
 東京電力が、福島第1原発1号機の現地調査を申し込んだ国会事故調査委員会に対し、原子炉建屋内が実際には光が差しているのに「真っ暗」と虚偽の説明をしていたことが分かった。国会事故調は、緊急時に原子炉を冷却する「非常用復水器」が地震で壊れた可能性があるとして現地調査を計画したが、この説明で断念した。事故調の田中三彦元委員は7日、調査妨害だとして、衆参両院議長らに再調査を求める要望書を提出した。
 国会事故調関係者によると調査の中で、下請け作業員が、11年3月11日の地震直後に1号機原子炉建屋4階で「水が噴出していたのを見た」と証言。4階には非常用復水器の配管などがあり、国会事故調の事故原因究明チームのメンバーは、非常用復水器が地震で破損した恐れがあるとみて、4階を現地調査する方針を決め、東電に申し入れた。
 これに対し、東電の玉井俊光・企画部長(当時)は12年2月28日、国会事故調で事故原因の究明を担当する田中元委員らメンバーを訪問。1号機原子炉建屋4階を撮影した映像を見せた。映像では建屋内に光が差していたが、玉井部長は撮影日が、建屋が放射性物質の飛散を防ぐためのカバーで覆われる前だったとしたうえで「現在はカバーに覆われて真っ暗」と説明。放射線量が高い区域もあり、建屋内に入って調査するのは危険であることを強調し同行を拒んだ。
 東電によると、映像の撮影日は11年10月18日で、1号機原子炉建屋がカバーで覆われた同月14日の4日後だった。照明も10月28日には使用可能になっていた。東電広報部は玉井部長の説明について「カバー設置前だから明るく、設置後は真っ暗というのは事実誤認だった。正確に確認しないまま答えた。でも意図的にやったことではない」としている。
 国会事故調は、昨年7月に報告書をまとめた後、解散している。【岡田英】

by shingen1948 | 2013-02-17 07:03 | ★ 季節便り | Comments(0)