人気ブログランキング |

地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30

続・福島を通り過ぎた風~フクシマはすでに過去の出来事<平成24年2月の頃>

 【こころの時代~宗教・人生~「その壁を超えて」(2013/1/27)】をみた。以下が、番組紹介。
 村上真平さんは、福島県飯舘村で自然農業を営んでいた。しかし原発事故のため、現在三重県内で避難生活を送っている。農業が好きで好きでしかたがない人を作るというキリスト教主義の農業高校で学び、長い間海外で農業協力の仕事をしてきた。その後、2002年に飯舘村に入植。事故が起こったのは、抱いていた夢が軌道に乗ろうとする矢先のことだった。決して後ろを振り向かず前を見つめる村上さんの生き方の根底にあるものとは?
 番組では、飯舘村に戻れなくなっても、決して後ろを振り向かずに、三重県内で新たな前を見つめる村上さんの生き方を称賛する。
 しかし、福島で視聴する者にとっては、村上真平さんのような自然農業者は、飯舘村には戻れないということの確認でもある。このことは、東京電力と国が引き起こした事は、福島で村上真平さんのような自然農業をもとにした生き方を否定したということでもある。
 原発事故で、最初に落胆して人生を諦めた方が、須賀川の有機農法の農業者であった事を思い出す。有機農法と自然農法の共通点は農薬を使わないこと、人のからだによい作物作りであることかな。

 その違いもあって、有機農法の視点の対象が「人」であるのに対して、自然農法の視点は自然と人間の共生に向けられるということだろうか。村上さんは番組で世界の四大文明の地が砂漠化しているという問題を語っている。
 バングラディッシュでの農業指導の体験を、福岡さんの自然農法と対比させて語られる事に納得する。
 福岡さんの「自然農法の四大原則」を確認すると、まずは不耕起、次が無肥料・無農薬、更には無除草ということだ。
 福岡さんの「わら一本の革命」を読んだことがあって、よく分からなかったのが不耕起と無除草だった。それで、その実践編まで確認してみて、自分なりに納得したことがある。
 「大地は耕さなくても、自然に耕されて年々知力が増大していく」というのは、一緒に播く雑草と共存させることとのかかわりだ。無肥料、無除草もその共存させる雑草が肥料にもなり、捲かれた種も守られるということらしい。完全なバランスがとれれば、自然は、病気とか害虫を発生させないので、農薬を使わないということだ。 共存させる具体的な植物とその方法を見ると成程と思う。

 さて、語られるバングラディシュでの体験とのかかわりは、自然のサイクル的持続可能性の話だった。
 耕した場所と雑草が残っている場所に雨が降り、雑草地に降る雨は透き通った川となり、耕作地に降った雨は濁り水の川になる。耕せば肥沃な土が流されるが、雑草の生い茂る自然の大地は肥沃な土が流されないという見え方だ。
 そこで見出した農法が、耕作地の下に種を蒔くのではなく、耕作地の上に蒔いて雑草を播き大地を覆うというものとのことだ。これで、バングラディシュの気候は直ぐに雑草をたい肥状にし、肥沃な土地にしたという。
 日本に戻って飯舘村で営んでいた氏の自然農業、そして、これから三重県で行おうとする自然農業は、大地にあった作物、荒地には荒地にあった作物を植えるという自然を読んでの農法のようだ。
 自然農法、有機農法が語るものは安全の食ばかりではない何かを教えてくれているように思う。
 自然農法とは、自然の意志をくみ、永遠の生命が保証されるエデンの花園の復活を夢見る農法である。『わら一本の革命』(序文・春樹社)
 それが出来なくなった福島ということは、その思想を喪失した福島ということだ。

 思想に関わって印象に残ったのは、インドに農業指導者を居た頃にインド人の上司から「相手との違いを語ることは戦争につながる」という話を言われたことが語られたこと。村上氏が上司との会話で「私の考えはこうです」「私はこう思います」という話法で話した時に言われたとか。
 これが、相手との違いを述べることが正当な話し合いだと思うところに争いになる落とし穴あるというガンジーの平和思想につながる話なのだとか。
by shingen1948 | 2013-02-15 06:04 | ★ 季節便り | Comments(0)