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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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信夫の里の狐達②

 人々の間で親しみをこめて語り伝えられる信夫の里の狐は、鎌田の加茂左衛門(かもざえもん)、御山のごんぼう、そして、一盃森の長次郎。信夫の三ぎつねともいわれる。
 日本の民話13(未来社)【福島の民話(片平幸三)】第一集の「しのぶぎつね」が、その三匹の狐を紹介する。「御山のごんぼう狐」に焦点を当てて読んでみると、ばかし方に長けていて、信夫山、一杯森、石ヶ森のでき方を講釈するなど先輩風を吹かせている。しかし、仲間狐に騙されたりするあたり、あいきょう者でちょっとおっちょこちょいな側面もありそう。
 【県立図書館報「あづま」】の「ふるさと探訪(33)」信夫山散歩(2)にこの「御山のごんぼう狐」が紹介される。
 まだ確認していないが、【覆刻版信夫山(梅宮茂)】では、その「信夫羽黒山別当治部卿僧都御房」と明記されるその御房から「御坊狐」となったのであろうと説いているとか。また、【爐辺(ろへん)叢書(柳田国男)】に「行者の別称たる御坊の訛音かも知れぬ」との指摘ありとか。
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 信夫羽黒神社は、古くは羽黒大権現といわれ、信達地方一帯の総鎮守として信仰をあつめた神社で、その信仰は平安時代までさかのぼるとか。その羽黒山の別当は、その門前にあった真言宗寂光寺で、その勢力は、遠く会津地方にも及んだ記録があるとか。
 確かに、「信夫山散策路」で紹介される「御山の御坊狐」が化ける姿は、御山羽黒山の御坊様そっくりの立派な山伏。
 【福島の民話】で、しっぽをなくし神通力を失った御坊狐が、羽黒山寂光寺御坊に教えられ養蚕の神の使いとなるのが「西坂稲荷祠」だとか。

 それで、気になったのが、先に整理した仏教と稲荷のかかわり。一般論を再確認すれば、次のような事だった。
 曹洞宗のお寺の場合は、ダキニ天という人を食う夜叉(やしゃ)や羅殺(らせつ)の一種で、中世には霊狐(れいこ)と同一の存在とみなされて信仰されてきたとか。
 真言宗のお寺の場合は、空海が朝廷から京都・東寺を賜ったときに、稲を担いだ翁(おきな)に出会って、それが稲荷大神だった。それが真言宗東寺の鎮護神となったとか。

 寂光寺は、不動寺と同じ真言宗らしい。この後半の逸話は、鎌倉中期以降、熊野にあった穀物神(三狐神)の信仰が伏見の稲荷神に習合させられたものらしいとか。
 「御山のごんぼう狐」さんも、それな真言宗とかかわる狐さんだったという事らしい。ただ、信夫の里は、織物の里でもあるので、養蚕の神にさりげなく変身したのかな。
by shingen1948 | 2013-01-29 05:36 | ◎ 地域散策と心の故郷 | Comments(0)