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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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大河ドラマ視聴「八重の桜」~第2話「やむにやまれぬ心」

 多分、戊辰戦争の鶴ケ城の攻防戦で、八重達500人の女たちが守るべきものとした会津とか、会津の殿様というのは、守るべきシンボルのようなものだったのでないかと想像する。そこを、ドラマでは、八重が守るべき殿様を具体的な藩主松平容保である事だと設定する。
 第1話では、軍事操練「追鳥狩」模擬戦で、八重が騒動を起こし、藩主松平容保が救ってくれたそのご恩を返したいと思ったと設定する。
 第2話で、藩主松平容保と照姫とのかかわりが突然挿入されるのは、その伏線の延長線上の事なのだろうと思われる。恐らく、会津藩の籠城中の女性達の精神的支柱として、また籠城中に為すべき女性達の仕事の統括として照姫の存在に結びついていくのだろうと思うが、どうなるかな。

 照姫を確認しておく。
 照姫は、先代の会津藩主松平容敬には子どもがいなかったので、天保13年(1832年)房総飯野藩から養女に迎えられた。この時、照姫は11歳だったとか。ところが、翌年に容敬の側室に敏姫が生まれる。
 その3年後の1846年には、美濃高須藩の容保を跡取りとして迎えるが、容敬は実子敏姫の成人を待って結婚させることにしたとか。
 それで、2年後の1848年に、照姫は18才で豊前中津藩の奥平昌服に輿入れになるのだが、この結婚が5年で終わる。照姫は、才色兼備で非の打ち所のない女性であったとか。
 第2話のドラマでは、この出戻るあたりの頃の設定らしいことが分かる。
 なお、ドラマには敏姫もちらりと登場するが、容敬と敏姫の結婚は1856年らしいので、その2~3年前の様子ということかな。その敏姫は病弱で、1861年結婚5年で死去するらしい。

 エキサイト「大河ドラマ 八重の桜」のページから、第2話「やむにやまれぬ心」の粗筋をお借りする。
 http://tv.excite.co.jp/detail/nhk_taiga52/story_2.html
 「やむにやまれぬ心」
 覚馬(西島秀俊)は、佐久間象山(奥田瑛二)の象山塾で会津に先んじて西洋の技術を貪欲に習得していく他藩の動きを知り、焦っていた。一方、会津では八重(子役/鈴木梨央)が両親から砲術への思いを断つよう厳しく諭されていた。折から象山が、吉田松陰(小栗旬)の密航をそそのかしたとして捕縛されるという事件が勃発。仕方なく塾を去り会津へ戻った覚馬は、大きな米俵を持ち上げて男と競争に興じる八重(綾瀬はるか)の姿を見て驚く。さらに驚いたのは八重が砲術の知識を深く習得していたことだった。砲術への思いを断ち切らなかった八重。胸を打たれた覚馬は、八重に砲術を手ほどきする決意をする。
 第2回の関東の視聴率は18.8%だったようだが、地元では連日主役の綾瀬はるかさんの活躍を伝える報道で盛り上がっているようで、そんなものではなさそう。
 第2話から綾瀬はるかさん登場で、子役の鈴木梨央ちゃんが姿を消したが、家族の間では、その熱演ぶりが話題に。
by shingen1948 | 2013-01-18 07:05 | 大河「八重の桜」視聴記録 | Comments(0)