地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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気を感じて伏し拝む⑨~木旗山④

 木旗山の魅力のうち、確認できていないのが「東和町の文化財」が「蔵王信仰の立石祭祀遺跡を伴うまれにみる宗教遺跡」との考察部分。
 この経塚発掘調査による出土品について、【広報にほんまつ(2010.11) 】では以下のような紹介をする。
 発掘調査によって、経塚から石製外筒片、和鏡、古銭、土器片など多くの遺物が出土しました。
 立石群からは土器・宋銭が多数出土し、経塚に伴う祭祀遺跡と見られています。
 紹介される出土品については変わりないが、注目は「立石群からの出土品」を分けて紹介される。この事によって、先の「東和町の文化財」が「蔵王信仰の立石祭祀遺跡を伴うまれにみる宗教遺跡」との考察の確からしさのようなものが補強され、その寺が「山岳修験との関連が想定される修験寺」のようなことの想起も強まる。

 以下は、その蔵王信仰についてよく分からない部分のメモということで。
 「蔵王信仰」と聞いて、散歩人がパッと頭に浮かぶのは、宮城県と山形県の県境にある日本百名山の蔵王連峰。しかし、ここは、古くは不忘山という山岳信仰の山だったが、吉野から蔵王権現が勧請され、平安時代に修験者が修行するようになったため蔵王山とも呼ばれるようになったとされるとか。
 ならば、木旗山の蔵王信仰も蔵王権現にかかわる信仰と見ていいのだろうか。そこはよく分かっていないのだが、とりあえずウィキペディアの解説を確認する。
 蔵王権現は、日本仏教における信仰対象の1つ。インドに起源を持たない日本独自の仏で、奈良県吉野町の金峯山寺本堂(蔵王堂)の本尊として知られる。権現とは「権(かり)の姿で現れた神仏」の意。
  「修験道の神である蔵王権現を祭る神社は、明治時代の神仏分離のときに、御嶽神社、金峰神社(金峯神社)、蔵王神社などと改称された」とも。

 多分、木旗山というのは、山の名称ということではなく、山麓の寺「治陸寺」や点在する種々の社をも含めた地名ととらえるべきなのだろうと思う。
 少なくとも、ここの紹介では、寺と神社に分けて案内され、ここの祭りは、民族学的な立場で紹介されるのだが、これらを念頭操作で統合的に受容することでその魅力に迫れるのかなと思う。
 なお、治陸寺については安積弘隆寺とのつながりで見ているが、「東和町の文化財」で仏像などが紹介される場合には、木幡山弁財天宮の別当学頭という立場で紹介されることが多い。
by shingen1948 | 2013-01-16 11:27 | ◎ 信仰と文化 | Comments(0)