地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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気を感じて伏し拝む⑥~木旗山

 「青巖と高寺伝承」が、「天台宗は、天慶5年(881)天台別院として、安積弘隆寺を建立して、会津と信夫の間の楔とした」との紹介する安積弘隆寺の候補地が、木旗山らしい。
 ここには研修として登ったこともあるので解説を受けた事もあったはずだが、意識はつながっていない。その研修の時に頂いた資料「東和町の文化財【東和町教育委員会(平成15.3.31)】」から、その視点にかかわる部分を確かめる。
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 「史跡:木旗山経塚群」の項
 ~山麓に「三代実録」所載の天台別院安積弘隆寺の後身といわれる治隆寺の旧跡がある。

 
名勝:木旗山」の項
 ~かつては多くの仏閣社寺があり、南北朝時代の文書に木旗山の名があり、天台密教によって開山された時代は岩角山より早く、霊山(伊達郡)と大差ないものと思われる。
 山頂に蔵王の大杉(今はない)蔵王堂跡、霊岩及び経塚群があり、「三代実録」の元慶5年(881)に天台別院となった。安積の弘隆寺に擬せられ、高野修験との関連が想定される修験寺であるといわれる。
 拾い上げると、確かにそれらしいことが解説されている。当方が、専門家の方が表記する言い回しに慣れていなかったために、読み取れなかっただけだったということのようだ。

 読み取れなかったのには、もう一つの訳があって、それは、ここでは「安積の弘隆寺に擬せられ、高野修験との関連が想定される修験寺であるといわれる。」と表記される部分の認識が足りなかったこともある。
by shingen1948 | 2013-01-12 06:23 | ◎ 信仰と文化 | Comments(0)