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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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大河ドラマ視聴「八重の桜」~第1話「ならぬことはならぬ」 ~什の掟~

 今回のNHK大河ドラマで、描かれるのは新島八重の生涯とか。
 どこかで聞いたことがある名と思って確認してみたら、ヒストリア2010年2月に放映された「名作選 明治 悪妻伝説初代“ハンサムウーマン” 新島八重の生涯」を視聴した記憶。
 その構成は、「エピソード1」が、めぐりあい 危ない女とジェントルマン。「エピソード2」が 八重 悪妻伝説の真相。「エピソード3」が、八重 第3の人生に挑む。
 その中で印象的だったのが、「エピソード1」の出会い。
 アメリカ帰りの青年・新島襄と井戸の上に板を渡し、落ちる危険も顧みず裁縫していた女性・八重との出会い。彼女は、幕末・戊辰戦争で銃を手に戦った烈婦だった。襄は八重の大胆なふるまいに、「常識にこだわらず自分で考えて行動する女性」と惚れ込んだとの紹介。

 今回は以下のように紹介されている。
 戊辰戦争の鶴ケ城の攻防戦では、500人の女たちと立て籠り、自らスペンサー銃を取って銃撃戦に参加したと伝えられ、後に「幕末のジャンヌ・ダルク」と称されたとか。
 維新後は、同志社大学の創始者となる新島襄と結婚し、男尊女卑の世の中で、夫を愛称で呼んだり、時代をリードするレディーファーストの態度だったりで、世間からは「悪妻」と評される「ハンサムウーマン」になって行くのだとか。
 そして、日清・日露戦争時には、日本初の篤志看護婦として、「日本のナイチンゲール」になっていくとか。

 その一本の精神の筋となるのが「ならぬ事はならぬ」の精神。
 第一話で、その精神にかわる会津の風土にふれている。これは、小学校6年社会科教科書に採用され、その日新館教育の基本である「什の掟」も原文のまま紹介されているとか。(「会津藩校日新館HP」より
 http://www.nisshinkan.jp/school-textbook

 「ならぬ事はならぬ」の精神と共に、会津藩の藩是とされてきた「会津家訓十五箇条」の精神も紹介される。 ドラマでは肯定的に描くようだが、勝てば官軍が政治における結果主義だという現代の都会人や西の国の価値観からみれば、これは敗者ヘ誘った諸悪の根源ともいえるのかも。
 特に、この第一条で、「会津藩たるは将軍家を守護すべき存在であり、藩主が裏切るようなことがあれば家臣は従ってはならない。」と記され、幕末にいたるまで、藩主・藩士はこれを忠実に守ったという経緯。その結果が、幕末の会津藩藩主松平容保が忠誠心と軍事力を買われ京都守護職に任ぜられ、幕府側の重鎮として新撰組等を率いることになる。
 これが、戊辰戦争における会津藩の悲劇に結びつく。
 これを更にこじらすのが、明治政府が打ち立てられ時の長州山縣有朋に代表される「朝敵風情が」との会津蔑視の姿勢で、会津の人間を日陰者としたこと。長州へのこの遺恨は会津では語り継がれる。
 この『会津家訓十五箇条』については、「会津若松市観光公社HP」の「家訓十五箇条と保科正之」に、以下のように紹介される。
 http://www.tsurugajo.com/history/kakin.htm
 「会津家訓十五箇条」
 保科正之は寛文8年(1668)4月11日、会津藩の「藩」の方針を決め、首席家老 田中正玄(たなかまさはる)を江戸屋敷に呼んでこれを授けました。これが「家訓15カ条」です。
  以来、会津藩ではこれを藩是(はんぜ)とし、こと あるときは、これをよりどころとしさまざまな決断をしました。会津藩の精神的な柱といっても良いでしょう。

 
 今年も視聴記録を続けるかどうかは分からないが、とりあえず昨年同様、エキサイト「大河ドラマ 八重の桜」のページから、第1話「「ならぬことはならぬ」の粗筋をお借りする。
 http://tv.excite.co.jp/detail/nhk_taiga52/nextsynopsis.html
 第1話 「ならぬことはならぬ」
 1868(慶応4)年8月、会津・鶴ヶ城は、新政府軍からの激しい攻撃にさらされていた。砲撃をあびる城内で、スペンサー銃を構え戦う若き女性銃士がいた。山本八重(綾瀬はるか)、のちの新島八重である。
 物語は、八重(子役/鈴木梨央)が5歳の1851(嘉永4)年から始まる。会津藩砲術師範の子として生まれ、男勝りで負けん気が強く父・権八(松重豊)や母・佐久(風吹ジュン)も手をやいていた八重。そんな八重が慕ってやまないのが、文武に秀でた兄・覚馬(西島秀俊)だった。銃で華麗に的を撃ち抜く兄の姿を見て八重は砲術に夢中になる。しかし、父に厳しく一喝されてしまう。その年の秋、会津藩士が最も張り切る軍事操練「追鳥狩」(ル:おいとりがり)の真骨頂である模擬戦の最中に“事件”が起こる。「一番鳥」の本命と目される番頭・西郷頼母(西田敏行)が一羽の鳥に狙いを定め竹鞭を振り上げた時、八重が邪魔をし騒動となる。が、藩主・松平容保(綾野剛)が怒る頼母から救ってくれたのだ。「ご恩さ返してぃ」その時の容保との出会いが、八重のその後の人生を変えていく。
 今回視聴率が、関東地区で21・4%、関西地区で19・2%で、福島地区に限れば、30.7%だったとか。
 今回の放映は、福島復興もかかわるとの趣旨もあるらしい。それなら、視聴率も大きな要素であり、まずまずの滑り出しともいえる。観光的には、民芸の取り扱いも興味かな。
 地域を散歩する視点からは、維新の風を感じさせる人物とのかかわり合いにも興味はある。
by shingen1948 | 2013-01-11 05:46 | 大河「八重の桜」視聴記録 | Comments(0)