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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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「阿津賀志山防塁<石母田地区>」現地説明会に出かける③

a0087378_45345.jpg この地点の阿津賀志山防塁の元々の姿と比べると、土塁の外土塁の部分と中土塁との間の堀が消滅しているようだった。
 そういう意味では、ここはなかなか足を踏み入れられない地点であり、原形が残されているのではないかという期待は裏切られる。ただ、内側の土塁と中土塁、及びその間の堀の保存状態はよさそう。

 ここは、普段は東北本線を挟んで東側から眺めることになる。
 まずは、その逆の東北本線と国道4号線バイパスに挟まれた阿津賀志山防塁へ続く風景を整理しておく。
 ① 中土塁から。
a0087378_471841.jpg
 ②  内側の土塁を通して。
a0087378_493047.jpg

 次に、普段東北本線を挟んで東側から眺めている風景として、今回の調査地点を整理しておく。
 「史跡 阿津賀志山空掘跡」の石碑は、内土塁上に建っている。
a0087378_4115113.jpg
 明確に残り、今回調査された土塁と堀は、その内側の土塁と中土塁、及びその間の堀ということのようだ。
 その堀を通して厚樫山を眺めると、こんな感じ。
a0087378_4174986.jpg
この南側には、もう一つの堀と外側土塁があったということなのだろうと思う。
by shingen1948 | 2012-12-21 05:20 | ◎ 奥州侵略の路 | Comments(0)