人気ブログランキング |

地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31

「桑折西山城跡<西舘>」現地説明会の後で

 大概、説明会の後には、その周辺を歩きまわる。昨年の説明会の後には、中舘・西舘の方も下草が刈られているとのことだったので、そちらを少し散策した。
 今回はいつもと違う方向から案内された事で、今まで案内された方向からの見え方と馴染ませるために西舘内部の確認したことが、それにあたるかな。

 昨年歩きまわった時に今回説明を受けた所が、どんな見え方だったのかを整理しておくか。
a0087378_4443285.jpg
 まずは、結果としては否定形だが、調査対象になっていた「中舘と西舘の間の土塁の内側の石積み」だが、写真を確認したら、同じような構図で写しているものがあった。これが、それだが、この石積みは史跡としての石積みではない可能性が高いという情報は、先に得ていたように思う。

a0087378_4541321.jpg
 この裏側の架橋想定部分については、その意識していなかった。
 それよりは、中舘と西舘の間の深い空掘りとの印象は強かった。ただ、今思えば、中舘と西舘の間を往来するには、西側の土塁のつながった部分しか方法はないということではあるという意識はあったようにも思う。
 思い出せば、その問題意識よりも、中舘から南の方向に案内される事への違和感が強くあった。西舘という名称から、自分勝手な思い込みで、西館は中舘の西側との感覚があり、本丸と中舘・西舘の位置関係は、自分の感覚では、南北のイメージというそのずれだ。
a0087378_512234.jpg
 これは、今回の説明会に参加した時に西舘側から撮った空掘り。昨年の散歩では中舘から撮っているが、写真を見ると、同じような印象を受けている事がわかる。
 今回はそれ程意識に上っていないが、この時には、西舘の東西の段差を感じていたことを思い出す。その段差は北側がやや平滑化されていて、そこから枡形虎口のある平場に来たといった印象だった。
 その東側に進むと、空掘りの端と共に、その先が崖になるという感じだったように思う。
a0087378_533214.jpg
 西側の土塁上を一周したのだが、その上部に石積みに使用される石と同質の石が転がっているという印象が強かったという記憶。
 そこを歩いた後、枡形虎口とされる地点を撮ったのがこれだが、藪の中で内側の枡形を感じるのが精いっぱいで、外側の枡形を観察する余裕はなかったように思う。
 そういう意味で、今回この虎口から見える信夫山の方向とか、下の平場を意識して眺める事が出来たというのも視点の広がりと言える。

 自分の散策時の見え方の癖や、その時の盲点になり易いものも少し見えたような気がする。
by shingen1948 | 2012-12-12 05:20 | ◎ 会津への路(伊達政宗) | Comments(0)