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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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「桑折西山城跡<西舘>」現地説明会に出かける④

a0087378_549322.jpg 今回、メディアが「石積み跡とみられる遺構が発見された」と報じるのは、西館の枡形状虎口のことのようだ。この石積みは、崩された状態だが、これは幅2~3mの通路の両脇に組まれていたと推定されるとする。


「『桑折西山城跡』の現地説明会 独自の石積み技術を解説【福島民友(2012/11/11)】
 発掘調査で戦国時代末期の最先端技術を導入して築かれたとみられる石積み跡が発見された桑折町の国指定史跡「桑折西山城跡」の現地説明会は10日開かれ、来場者が戦国時代の歴史背景に思いをはせた。
 説明会には約70人が来場。同町教育委員会文化財係の井沼千秋さんが、本丸の西側に位置する西館の「枡形状虎口(ますがたじょうこぐち)」と呼ばれる曲がりくねった出入り口で、石積み跡とみられる遺構が発見されたことなどを説明した。
 石積みの構造は、安土桃山時代以降に各地に伝わる関西地方の石垣構築技術でなく、戦国時代の山城で独自の技術で石積みが築かれたとすれば、全国的にも貴重な発見だという。
 石積みは壊された状態で発見されており、壊すことで「城はもう使わない」という意思表示があったと考えられるという。

 「独自の技術で石積みが築かれた」とするその石は、素人目には耕作のために、畑の石を除去して積み上げた石積みと同質の石に見える。積まれ方と崩され方の微妙な推定が、かかわっているようだ。
a0087378_8515325.jpg
 頂いたパンフレットの西館縄張図に、整理した地点をプロットしておく。
 赤〇の石積1.2は、耕作のために、畑の石を除去して積み上げられた石積み。
 水色〇の空堀跡調査地点は、架橋の可能性の調査と、中舘と西舘の間の空堀の形状の視点。
 紫〇の西舘桝形形状虎口調査地点は、石積状況とともに、桝形虎口そのものも興味。

 ※ 昔なら「づぶログ」にメモしたことだが、そちらがなくなったので、とりあえずここにメモしておく。
 <季節便り>としてのメモ
 7日、福島もかなり大きな地震で、なかなかおさまらない長い揺れだった。東日本大震災の余震なそうで、県内の広範囲で震度4が観測されたとか。あの日を思い出したが、忘れかけているところがあったかなと反省も。
 8日には、いよいよ本格的な冬を思わせる予報。9日、この辺りは屋根にうっすらと積もった雪が見える程度だが、会津は大雪の模様。
 今朝は、道路にも積雪。
 <福島を通り過ぎる風>としてのメモ
 8日、双葉郡8町村の議員研修会で、桜井よしこ氏(ジャーナリスト)が、「年1ミリシーベルトの除染基準は古里再生のために緩和すべきだ」と述べ、質疑で議員が反発する場面もあったとのニュース。主催者が人選しているはずで、その事実より、その意図の方に興味。
by shingen1948 | 2012-12-10 05:54 | ◎ 会津への路(伊達政宗) | Comments(0)