地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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立木観音堂③~思い出す事

a0087378_5195345.jpg 山門から立木観音堂までの間、いろいろな案内板が建つ。
 「あいづめぐり」の解説から、会津三十三観音巡礼地図、それに会津6詣の旗。
 ここが十一面千手観音で子年生まれの守り神との話とかかわって、三仏堂に阿弥陀如来を中心に薬師如来、六地蔵菩薩が鎮座し、戌・亥年生まれの守護神だとして参拝所が設けられる。小金塔には大日如来が鎮座する。未・申年生まれの守護神は大日如来ということらしい案内があり、この塔の再建の発端についての案内板が建つ。
 会津風土記<寛文6年(1666)>に、その昔恵隆寺立ち木千手観音堂の現境内地に、小さなまばゆいばかりの塔があったと書かれている。
 このことにより、昭和57年の調査で礎石が発見され、方形に塔の四隅の土台石として正方形に発掘された。
 寺に継承されてきた御仏も、昔をしのぶ御姿に大補修され、発掘された4個の大石を四隅に配し再建して今日を迎えた。
 寺に立ち寄った感じとしては、今の自分の感覚では雑然とした印象だが、その中から懐かしさの風景を思い出しているところもある。
 生まれ年による守護神対応は、この地域の日常的な生活の中で心の持ちようとして仏様とのかかわりを表しているようにも思う。会津坂下町のホームページの立木観音(千手観音像)の解説の後半に、「会津三十三観音」「ころり観音」の信仰や「だきつき柱」や「櫛奉納」などの解説を加えるのも、そのことを表現したかったのだろうと思う。

 こういったものの他に、櫛の奉納解説だとか、ここで祈願して旅に出て、旅の途中難に合ったが、無事帰郷できた御礼に奉納した鰐口などというものもある。それだけでなく、歌碑等各種石碑があって、その中には、別れの一本杉の記念歌碑案内などというものまである。
 会津にいた頃、近所には拝み屋さんもいたし、近所のさもない観音堂毎の祭りもあったし、訳もなくここがお前の生まれ年の守り神だと言われたなぁなどという記憶もよみがえる。親父が亡くなった時、おふくろに冬木沢に連れて行けと頼まれたことも思い出す。

 今の自分の感覚には、こういった日常生活との連続の中で何かを信じるという感覚が湧きおこらなくなっている。いつ切れてしまったのかなぁと思いだそうとしている。
by shingen1948 | 2012-11-30 05:27 | ◎ 地域散策と心の故郷 | Comments(0)