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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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立木観音堂

a0087378_5535415.jpg ここに立ち寄ったのは、立ち木観音の大きな絵が大広間に掲げられたのを見たからだ。会津自然の家に行く途中見かけていたことも、きっかけの一つになっているかも。
 ここを話題にすると、皆が立ち木観音といい、コロリ三観音、三十三観音の一つらしいことの話とか、子年生まれの守り神との話になる。正しくは、石塔山恵隆寺観音堂というらしい。
 いろいろな案内板が建つが、観音堂の建物自体も国指定重要文化財で貴重というのは見かけなかった。見逃したのかもしれない。
 「会津坂下町のホームページ」では、以下のように解説される。
http://www.town.aizubange.fukushima.jp/Members/bunkashinkou/contents/list/bunkazai01.html
 国指定重要文化財
 恵隆寺観音堂(立木観音堂)
 (明治37年2月18日)
 恵隆寺観音堂(立木観音堂)は、寺伝によると建久年間(1200年頃)の建立と伝えられています。慶長16年(1611年)の会津大地震で被災後、直ちに大修理に着手し、元和3年(1617年)に竣工しましたが、主体部は創建当時の形態を踏襲しているといわれます。
 観音堂は、方五間で正面には向拝があり、木割が雄大です。柱はすべて円柱で、柱頭には和様の三斗を組んでいます。寄棟で茅葺の屋根には、会津地方独特の棟飾り(グシ)があります。軒の出は深く、二重繁垂木は隅木近くでほどよい反りをみせており、下から見上げたとき、その線列の美しさにひかれます。豪放でどっしりとしたこの堂は、鎌倉時代の遺構を残す和様の古建築です。
 「福島県の歴史散歩」によると、元和3年(1617年)の大修理は、領主蒲生氏郷の援助によるものとか。桁行5間、梁間4間の単層寄棟造りで、茅葺(1986年文化庁指導で全面葺替え)創建当時の形態をそのまま踏襲しているとされる。
 純和様の遺構であることを強調するのは、会津では勝常寺薬師堂、円蔵寺弁天堂、藤倉二階堂など禅宗様古建築が多い中では、数少ない貴重な遺構ということらしい。
by shingen1948 | 2012-11-28 05:59 | ◎ 地域散策と心の故郷 | Comments(0)