地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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日本硫黄沼尻鉄道の車両(緑の村)

 緑の村に立ち寄ったのは、ここに日本硫黄沼尻鉄道の車両が保存されているということからだ。
 今年の夏に沼尻駅跡へ立ち寄って、以下の3回に分けて整理したその延長線上の立ち寄りだ。
 「2012夏の頃~沼尻駅跡へ立ち寄る」
 http://kazenoshin.exblog.jp/15958481/
 ―2012夏の頃~「高原列車は行く」と沼尻鉄道
 http://kazenoshin.exblog.jp/15964135/
 ―2012夏の頃~鉱山鉄道のイメージと「高原列車は行く」のイメージ
 http://kazenoshin.exblog.jp/15969755/
 それで、タグに「沼尻」を入れた。
 会津へ出かける時には、115号線を使う事が多く、沼尻鉄道もこの道筋付近に沿って走る区間があるのだが、そのことを家族に講釈を語ったこともあるらしい。
a0087378_538462.jpg
 その日本硫黄沼尻鉄道の車両は、旧翁島駅舎の後ろに展示されていた。特に詳しく見てみたいということではなく、115号線の沼尻鉄道の走っていた区間と重なる道筋を走る時にイメージできれば楽しいかなと思っただけだ。思っていたより結構しっかりとした車両だなという印象。
 この沼尻鉄道については先にも整理したが、猪苗代町の名所旧跡では、以下のように案内される。
a0087378_5403368.jpg 村内には旧沼尻鉄道の貴重な車両が、原型のまま保存されています。
 この鉄道は、大正2年(1913)から昭和43年(1968)までの55年間、沼尻鉱山の硫黄を運ぶため、川桁駅と沼尻駅の間約16㎞を走りました。
 地元住民や観光客の足としても活躍し、丘灯志夫氏作曲の愛唱歌「高原列車は行く」のモデルともなりました。
 猪苗代町
 この緑の村に保存される前の中ノ沢温泉に残存していた当時の車両の写真が見られる「思い出車両アルバム」というページをみつけた。
 http://www7a.biglobe.ne.jp/~imaita/rnumajiri81_0.htm
 
 昔、子供が小さかった頃、福島駅発ミステリー号という行き先の分からない列車が運行されたことがある。それに乗った子供の話に、淡水魚館や魚のつかみ獲りの話、塩焼きの魚を食べた話などがあった。その話から、ここだったのではないかなと思っていたことも思い出した。平成元年(1989)年開業らしいので、もしそうなら、あれは開業して間もない頃だったのかな。
 案内板は、旧沼尻鉄道車両の説明の前に、緑の村について「町営緑の村には、淡水魚館、釣り堀、蕎麦処、駅舎亭などファミリー向けのレジャー基地となっています。」と紹介している。
by shingen1948 | 2012-11-25 05:44 | ◎ 地域散策と心の故郷 | Comments(0)