地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
カレンダー
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28

見祢の大石③~磐梯山の噴火活動の特徴とかかわって

 磐梯山ジオパーク協議会の案内板では、火山活動による影響範囲も示される。
a0087378_5474030.jpg
 磐梯山の爆発による被害についてその多くを語られるのは磐梯山北側。それで、被害はこちらだけと勝手に思い込んでいる所がある。勿論、そちらが主たる被害ではあるのだが、山体崩壊と岩屑なだれでは、この見祢の大石の方向にも起きているということのようだ。
 これも、自分のイメージとの違いだが、更には爆風と火山灰降下の影響もこちら側なのだというのも新たに知ったこと。
 家に戻って確認した「中央防災会議 読み切りシリーズ『過去の災害に学ぶ』第五回『1888年磐梯山噴火災害』(2005年11月号)」の「噴火の前兆と経過」に、説明される磐梯山噴火の全体像と見比べる。
 http://www.bousai.go.jp/jishin/chubou/kyoukun/rep/kouhou030_18-19.pdf
 噴火の前兆と経過
 噴火の日の一週間前頃から鳴動や遠雷音が記録されているが、当時の住民にはこれが磐梯山の噴火の前兆であるとの認識には至らなかった。噴火当日の7月15日の午前7時頃に地震が発生し、それが次第に強くなって、7時45分に噴火を開始した。大きな爆発が15回から20回くらい引き続いて起こって、最後の爆発は北に横向きに抜けたと目撃されている。この最後の爆発の時に小磐梯山北側の山体が崩壊して、山津波のような岩屑なだれ(岩なだれ)となって北麓に流れ下った。このため、北麓の5村11集落が埋没して477名が犠牲となった。この爆発に伴って疾風(爆風、ブラスト、水蒸気爆発サージ)が山麓を下って、特に東側の渋谷村の付近では、多数の木がなぎ倒されたり、家屋が破壊されたりするなどの被害が出た。
 また、降下火山灰も東側の山麓では10数㎝程度、太平洋岸のいわき付近でもうっすらと積もった。噴火後には大きく北に向けて開いた馬蹄形地形が形成された。北麓では長瀬川が埋没して水をたたえて、桧原湖、小野川湖、秋元湖、五色沼などが形成され、幾度となく河川が決壊して、洪水(土石流、火山泥流)となって長瀬川下流地域を襲った。
 ここから、その現象とそれによって起こる被害とを結びつけてイメージしてみる。
 まず、「最後の爆発が北に横向きに抜け」たことと、その「爆発に伴う疾風(爆風、ブラスト、水蒸気爆発サージ)が山麓を下った被害」とが結びつくのかな。これが、「東側の渋谷村の付近では、多数の木がなぎ倒されたり、家屋が破壊されたりする被害」と結びつきそうだ。
 次が、「最後の爆発の時に小磐梯山北側の山体が崩壊して、山津波のような岩屑なだれ(岩なだれ)となって北麓に流れ下った」ことが、「北麓の5村11集落が埋没して477名が犠牲となった」こととが結びつくのかな。
 更に、「降下火山灰」。これが「東側の山麓では10数㎝程度、太平洋岸のいわき付近でもうっすらと積もった」ことと結びつくのかな。
 そして、「幾度となく河川が決壊して、洪水(土石流、火山泥流)となって長瀬川下流地域を襲った。」というのが、その後の被害をもたらす現象になっているということかな。図にも、裏磐梯から川沿いに町を襲う流れが表記されている。
 これらの噴火現象と被害状況を結びつけて、火山活動による影響範囲図を見ると納得がいく。

 磐梯山ジオパーク協議会の案内板では、その中の「最後の爆発が北に横向きに抜ける」という磐梯山の特徴的な噴火活動にかかわる被害を中心に説明されていると見ればいいのかな。
by shingen1948 | 2012-11-12 06:00 | ◎ 地域散策と心の故郷 | Comments(0)