人気ブログランキング |

地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31

大河ドラマ「平清盛」視聴~第43話「忠と孝のはざまで」

 ドラマでは、「鹿ヶ谷の陰謀」の処理を描く。
 西光・成親の処分は、清盛自らの判断で行うが、それ以降は、後白河院裁定の形をとり、後白河院の処分も見送る。これは、平家内部の慎重論・反対論への配慮らしい。
 題からしても、描かれる中心は、その中の成親が鹿ケ谷事件の中心的人物として峻烈に処罰され、重盛が気力を失う辺りとしてみればいいのかな。

 清盛は、親後白河的な重盛の態度を深く憂慮していたと思われる。それで、清盛は、後白河院と重盛を深く結びつけていた人物である成親を、鹿ケ谷事件の中心的人物として峻烈に処罰する。これで、重盛の面目は丸潰れとなり、政治的地位を失墜させることになる。ドラマでは、その辺りを清盛がねちねちと流罪ー餓死という道筋での処罰として描く。
 このことで、重盛の父との間に行き違いが強調され、一門内で孤立を深めていた重盛の心境が醸し出される。
 これから、重盛は、直ぐに左近衛大将を辞任することになる。その後、治承3年(1179)3月には病を理由に内大臣も辞任して、5月には出家する。そして、7月には、41歳で死没する。
 ドラマでは、重盛は病気の姿。時期も考慮すれば、内大臣を辞任する直前辺りの姿かな。

 そんな中、新たな展開は、中宮徳子の懐妊。ドラマでは、時子は日吉社に百日祈願したが効なく、清盛が船を造って厳島に月参りし60日ばかりで懐妊したことを清盛が自慢することで、清盛の喜びを描く。11月には、平家一門の願いどおり皇子が誕生する。

 地域を散歩して楽しんでいる者として気になるのは義経の描写。
 ドラマでは、遮那王と弁慶が常盤を訪れ、平家を打倒すると宣言し、ふたりが平泉へと向かうあたりを描く。吉川英治の「新平家物語(4)」では、この平泉へ向かう途中、信夫の里を経由する際、飯坂の大鳥城に立ち寄り、十綱橋で佐藤氏に見送られて平泉へと向かうように描かれる。
 それらを勝手に組み合わせて想像を膨らませ、楽しんでいる。
 この吉川英治の「新平家物語(4)」は、現在ドラマ進行中あたりなのだが、これが古本屋で、100円台で売られていたもの。それを手に入れて満足しているなどというのは、どうでもいいことかな。

 第43話「忠と孝のはざまで」の要点をエキサイトドラマ特集「大河ドラマ「平清盛」よりお借りする。
 http://tv.excite.co.jp/detail/nhk_taiga51/story_42.html
 「忠と孝のはざまで」 
 清盛(松山ケンイチ)は鹿ケ谷の首謀者・西光(加藤虎ノ介)を斬首とし、成親(吉沢悠)を流罪とする。重盛(窪田正孝)と経子(高橋愛)の心配をよそに成親は備前国で餓死に至る。義兄の死と後白河法皇(松田翔太)への気遣いで、重盛は疲弊していく。そんな時、徳子(二階堂ふみ)懐妊の知らせが清盛のもとに入る。安産の祈とうに励む清盛だが、ついに高倉帝(千葉雄大)と徳子の間に清盛念願の男児が誕生する。その皇子こそが、のちに壇ノ浦に沈むことになる安徳天皇であった。一方、伊豆では、恋仲になった頼朝(岡田将生)と政子(杏)が時政に結婚の許しを得ようとしていた。
 今回の視聴率は、10.2%とか。
by shingen1948 | 2012-11-09 05:20 | ☆ 映画話題と視聴記録 | Comments(0)