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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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「平成24年度梁川城現地説明会」に出かける④~掘立柱建物遺構

 「平成24年度梁川城現地説明会」に出かたことについて、もう少し続けたい。
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 これが、掘立柱建物跡が見つかったとされる11トレンチとされるところ。中心的な説明はここで受ける。新聞報道で伝える「大規模火災が起きた事」や「大規模な建物跡が検出された事」についても、ここで解説される。

 この辺りは、昨年度しっかりとした柱跡が多数見つかったという状況があった昨年度の第5トレンチ、第6トレンチ、第7トレンチとされた試しぼり部分の第6トレンチ、第7トレンチあたりが拡張確認されたところのようだ。
 その昨年度「しっかりとした柱跡が多数見つかったという状況」については、「梁川城現地説明会に出かける⑦」で整理している。そこの拡張確認作業から、掘立柱建物跡が検出されたということなのだろう。
 http://kazenoshin.exblog.jp/14221641/ 

 建物跡として検出できそうな柱跡の様子については、その柱跡を紐で結んでくださる。幾つかの建物跡が重なる中に、東西に張られた紐の柱跡部は、他の柱跡と比べてかなり大きいことが分かる。
 本年度の説明資料にある「しっかりとした柱穴が区画溝と並行及び直行する形で検出された」とされる部分で、「その柱穴の規模が30~70センチmで、本丸の調査で確認された柱穴よりも大きい柱穴が確認された」とする部分のようだ。
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 新聞報道に、「見つかった柱穴は本丸跡の柱穴最大40㎝よりも大きい。力を持つ人物の蔵や寺院などの建物が建っていたと推測される」とある部分のようだ。
 一部彫り込みを行った中に、柱穴の底面に柱材が遺存しているものもあるのは、こちらかな。彫り込みを行った様子が見えるのが2か所あるが、他方はおき石らしい脇の彫り込みのよう。

a0087378_436749.jpg 「しっかりとした柱穴が区画 溝と並行及び直行する形で検出され、その柱穴の規模が30~70センチmで、本丸の調査で確認された柱穴よりも大きい柱穴の『力を持つ人物の蔵や寺院などの建物』と想像される建物跡は、この10トレンチの東側まで、続いているらしい。

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 この建物跡の南と西の方向の掘立建物跡の範囲は確認できているようだが、北と東の方向の範囲の確認はまだのような気がする。
 その建物の南西隅から眺めると、こんな感じ。建物の周りの溝跡・土抗の様子が視野に入るというイメージかな。

 これが、今回の調査で見えてきた「室町時代15~16世紀を中心とした伊達氏に関連の深い寺院或いは武家屋敷跡と考えられる建物」の様子ということかな。
by shingen1948 | 2012-10-22 05:20 | ◎ 会津への路(伊達政宗) | Comments(0)