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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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「平成24年度梁川城現地説明会」に出かける③~報じられたこと

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 今回の現地説明会では、11トレンチを中心に説明された。その11トレンチを東から眺めている。この奥が10トレンチ。
 自分の観点で整理していくと、いつも興味の向くままに流れていくので、今回は新聞で紹介された事を視点として整理しておく事にする。
 まずは、昨年は「梁川城現地説明会に出かける⑨」で整理している。
 http://kazenoshin.exblog.jp/14234878/ 
 ここでは、この「建物跡と梁川城本丸や八幡神社、輪王寺跡、東昌寺跡などの遺構と合わせると、かなり広い範囲で町並みがつくられていたこととなり、伊達氏が力を入れていたことが分かる」ということであり、この「守護館となる梁川城跡本丸東側にこのような武家屋敷群やこれに伴う仏堂などが展開した姿が明らかになりつつあります。」ということが、より確実性を増したということかな。
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 今年は、「大規模火災が起きた事」と「大規模な建物跡が検出された事」が紹介されている。
 「福島民友」では、大規模火災が起きた事を中心に報じ、検出された建物跡が大規模である事を付け加える。
 区画溝の変遷ともかかわることで、昨日整理した「ここでの検出面が丁寧に整地された層が3層ある」ということ。

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 この整地された3層というのが、この11トレンチの中では、この左上に表示されている。
 この整地層の2.3層の上面に、建物が火災にあった痕跡が見られる焼けた壁材や炭化材などが多量に出土したということで、そのことから「火災に遭って建て替えられたもの」と推定しているらしいということだ。
 表示された層とのかかわりでみると、この面が整地層3ということかな。
 この赤っぽいのが、壁土とのかかわりかなとか、中心部の黒っぽいのもかかわるのかなとみているのは勝手な見方かな。
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 「福島民報」では、逆に、寺跡か武家屋敷跡とみられる大規模な建物跡が検出された事を中心に報じ、大規模火災の痕跡を付け加えて報じている。
by shingen1948 | 2012-10-19 05:02 | ◎ 会津への路(伊達政宗) | Comments(0)