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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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「平成24年度梁川城現地説明会」に出かける②~区画溝

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 今回の説明会では、溝跡についての観察はなく解説のみだった。
 その位置を確認すると、ここから見えるのが、区画溝とのかかわりでは、南東隅付近で、1Tとあるのが、昨年トレンチ部で、その手前に今年14Tが掘られているようだ。これが、東西に走る溝跡確認目的と思われる。南北に走る溝跡確認のために12Tと13Tも今年掘られたものと思われる。

 解説は、2つの観点で聞けばいいのかな。
 その一つが、区画溝ということから区画割りの観点で、もう一つが、その溝跡の変遷とかかわる事。

 まずは、その区画という観点の解説から。
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 配布資料に、昨年度の調査で、区画溝と考えられる溝跡1条確認とあるのは、1T(平成23年度)とある部分かな。本年度の配布資料には、その溝跡にsd02と番号が振られている。1辺半町(約60~70㎝)とある。
 この溝それ自体については、昨年「梁川城現地説明会に出かける⑥」で整理している。なお、10Tと11Tが、建物跡を検出したトレンチ。
 http://kazenoshin.exblog.jp/14214846/ 
 昨年度の調査確認した溝跡の外側に、第14トレンチで新たに溝跡1を確認したという。配布資料で14Tにsd01と番号がふられたものだと思われる。解説では、第12トレンチでは、2条のトレンチを確認という。配布資料図では、sd01・sd02・sd03の番号が振られるので、3つの溝跡の可能性もあるのかな。
 第13トレンチで、南北に延びる溝跡4条が確認したという。配布資料に、sd01~sd04の番号が振られたものだと思う。これらは、重複(切りあった)状態で確認でき、重複関係で新しい4号溝跡は堆積状態及び分布状況から東側(調査対象外)に延びる溝跡と思われるとある。ここで、溝跡の変遷とかかわる事も解説される。
 なお、新しい4号溝跡というのが、図のsd04だと思う。

 区画溝という観点から、頂いた図の各溝を結ぶ線を引いてみた。まず、sd01の内側の端のラインを緑の線で結んでみた。この溝は、このラインの外側を走る区画溝跡ということかな。次に、sd02の溝だが、12・13Tの確認とつなげられるのは、溝の外側かな。これを水色のラインで結んでみた。ここは、昨年度の溝跡1Tでは、内側も確認できるが、14Tでも内側が確認できるので、これも水色の線を引いてみた。12・13Tでは、sd03の外側もつなげられそうなので、紫の線で結んでみた。
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 もう一つの、埋め戻されたり新たに溝が掘られたりするその変遷にかかわる観点だが、配布資料の13トレンチで説明される。ここが、その13トレンチ現場のようだ。最初の写真の範囲を外れた左手奥手に位置する。
 説明の2号溝跡というのが、図のsd02だと思う。これが西側の土塁構築土で埋められて、その後、3号溝跡(sd03)が造られているらしい。このことから、拡張工事跡だと推定するらしい。
 そのことと、ここでの検出面が丁寧に整地された層が3層あるということと関連させた変遷の流れも解説される。その整地層の2.3層の上面では、建物が火災にあった痕跡が見られる焼けた壁材や炭化材などが多量に出土するといい、火災に遭って建て替えられたものと推定しているらしい。
by shingen1948 | 2012-10-18 05:20 | ◎ 会津への路(伊達政宗) | Comments(0)