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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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阿津賀志山防塁第11次発掘調査現地説明会(高橋地区)④

a0087378_434446.jpg 阿津賀志山防塁の整理の途中に、大河ドラマ平清盛視聴記録が入ってしまったので、まずは、第3トレンチと第4トレンチの位置が確認できる図を張り付ける。
 この図の第3トレンチについて確認して、その北側の圃場整備時の地形改変によって遺跡が完全に消滅した部分を挟んで、現存する高橋地区阿津賀志山防塁にどうつながるかを整理したい。
a0087378_4364913.jpg
 これが、第3トレンチの部分を西側から眺めたところ。奥に、土塁の部分が見えるが、その手前が、堀跡の部分とのこと。

a0087378_4401865.jpg これが、その堀跡の部分から土塁にかけての部分だ。
 堀跡についてだが、堀底幅約1mで断面逆台形状(箱薬研堀)の痕跡とのこと。
 土塁は、黄褐色・暗褐色・赤褐色の3種類の積み土を確認し、最大で幅5.5mの土塁痕跡である事が判明したとか。
a0087378_4454079.jpg
 これは、逆に第3トレンチの東側から見ているのだが、ここが土塁の端のあたりらしい。端線は、かく乱があるものの、この辺りが東端である事は確認できる。
 それより気になるのは、土器の破片が埋まっているのが見えること。
 資料を確認すると、根による撹乱部分を堀上げたところ、防塁の積土下層に、古墳時代(5世紀?)の竪穴住居跡が埋まっている事が判明したとある。a0087378_4523617.jpg ここの表土及び耕作土からは、土師器(回転井糸切り痕有り)・須恵器・縄文土器・石鏃も出土しているとある。この辺りの高まりは、防塁が造られる前に、縄文時代からの古墳時代(5世紀?)時代まで連続的に人々が生活してきたという痕跡があり、その高まりの地形も利用する形で、その上に、阿津賀志山防塁の遺跡がのっているという事のようだ。
 そのことを意識して、第4トレンチの方向から第3トレンチの付近を横に眺めてみるとこんな感じだ。
a0087378_454255.jpg
 ここから現存する高橋地区阿津賀志山防塁にどうつながるかを確かめるのに、第4トレンチ方向から第3トレンチの土塁の端の位置を通して、現存土塁を眺めるとこんな感じだ。 
 こちら側の方向にも、土塁の痕跡のつながりを示す方向に、竿が指されている。それを目印に、右手の高まりを意識しながらが、現存土塁を眺めそのつながりを意識する。
 この間に、圃場整備時の地形改変によって、遺跡が完全に消滅した部分を挟む。
by shingen1948 | 2012-10-07 05:20 | ◎ 奥州侵略の路 | Comments(0)