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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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阿津賀志山防塁第11次発掘調査現地説明会(高橋地区)③

 第4トレンチと第3トレンチの調査から阿津賀志山防塁の消滅部分が推定されるようなので、本当は、次に第3トレンチについて整理した方がよいのだと思う。a0087378_3534753.jpg 
 しかし、現地に立ってみると、それよりもここからどう下二重堀地区の防塁まで延びていくかが気になってくる。それで、先にこの第4トレンチの南側に阿津賀志山防塁がどう延びていくのかを整理する。
 まずは、第4トレンチの北側に立って、阿津賀志山防塁が続く南側の方向を眺めると東側の土塁の痕跡に続く延長線上の奥に高まりが見える。その高まりとこの第4トレンチの土塁を結ぶ線上に、阿津賀志山防塁の旗竿を立ててくださっている。
a0087378_356766.jpg
 その高まり近くの町道側から眺めると、こんな感じ。旗竿の奥が第4トレンチの土塁の痕跡に続く。町道脇の崖縁の高まりとみていた部分は、阿津賀志山防塁の東側の土塁の痕跡らしいという事が分かる。その間の畑は、土塁を崩して平準化された姿なのだろうと想像される。
 その町道脇の崖縁は、県道五十沢・国見線まで続いている。その高まりの延長線の南側は窪地になっていて、県道を越した高まりはそこで消滅する。
a0087378_3583748.jpg
 見方を変えて、窪地とのかかわりを見れば、高まりは東側に延びているようにも見える。この高まりが、現地説明会資料にある「東側に延びる滑川沿いの段丘」ということになるのだろうと思う。
 その県道を越した高まりを確認すると、こんな感じだ。
 この写真の左側に写るのが、県道五十沢・国見線、そして、右側の低地に滑川がかかわるのだろうか。
a0087378_404289.jpg
 阿津賀志山の全体説明図から、この辺りが分かる部分を抜いて、第四トレンチ位置、県道と町道、それに滑川を書き加えるとこんな感じだ。これと、現地を照らし合わせてイメージする。
 緑で表した部分が今回の調査区間の阿津賀志山防塁で、現存する阿津賀志山防塁と調査で明らかになった防塁部分。点線部分が、推定される阿津賀志山防塁部分。そして、赤い部分が下二重堀地区の現存する阿津賀志山防塁。
 少なくとも、ここから大橋地区へ続くラインの推定が体感的に捕えられて、その連続線上に、先に出かけた下二重堀地区の現存する阿津賀志山防塁へのつながりが連続的に捕えられるようになったということだ。
by shingen1948 | 2012-10-04 05:20 | ◎ 奥州侵略の路 | Comments(0)