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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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久しぶりに鯖湖湯に入る~夏の頃⑥

 「家のあひから流れ落ちる滝」の位置が紹介されて納得した上で、あらためて湯野温泉側が撮られた写真を見ると、この滝が見えていることに気づく。
 滝があった付近の風景を湯野側から捉えておこうと思って出掛け直す。出掛け直したのは秋の頃だが、「久しぶりに鯖湖湯に入る」でみつけた風景なので、題はそのままにしておく。
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 紹介された事を再度確認すると、この緑色の建物の左側の端が滝の中心で、建物の内部に2m、さらに建物の左側の外部を2m、合わせて4m位の幅の滝だとか。
 この緑色の建物の部分が井佐野屋で、昭和12年頃は物置になっていて、亀や旅館が使っていたとか。そして、その左側の赤い屋根の建物が清水屋だとか。
 もうちょっと寄りたかったが、清水屋さんで休んでいらっしゃる方が見えたので遠慮した。
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 綿屋さん旧館の跡地を確認する。というよりも、「橋本温泉」の元の「せんきのゆ」の確認ということだ。
これは、橋の上から撮ったものだが、川の縁に沿った手すりが、川向かいから見えた斜めのラインだ。ここに下り階段があって、共同浴場「仙気の湯」へ降りて行く道だろう。
 構造物がある付近が、共同浴場「仙気の湯」の元の位置だろうか。昭和42年まで「仙気の湯」は此処にあったとか。
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 綿屋旧館が建っていた付近。
 湯野側の今の温泉通りができるのが、明治19年(1886)。橋向かいの橋本館等と共にここを中心に、「橋本温泉」を形成していたのだろうと想像する。
 飯坂温泉の紹介では、歴史的には古く、この「仙気の湯」は、元和4年(1618)に発見されたと紹介される。橋本温泉は、その「仙気の湯」を中心とした湯野側の温泉街の起点となる温泉の一つ。ただ、古い各種案内冊子に目を通すと、直ぐに内湯の時代を迎えたようにも見える。
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 これは、十綱橋を挟んだ橋本館が見える付近から撮っている。
 橋本館―十綱橋―綿屋―仙気の湯、そして、稲荷屋までの三層の旅館群が続く。そこに、「家のあひから流れ落ちる滝」があって、これを挟んで、井佐野屋―清水屋―切湯が続くというのが湯野温泉側の風景といった感じだろうか。
 なお、橋本館の東側の細道はそのままだった。
by shingen1948 | 2012-09-19 05:55 | ◎ 芭蕉の足跡 | Comments(0)