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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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久しぶりに鯖湖湯に入る~夏の頃④

a0087378_542774.jpg ここで出会ったもう一つのことは、湯野温泉の綿屋の旧館の建物が取り払われていたことだ。
 廃業した温泉旅館を、高齢者専用の賃貸住宅に再生させようという動きがある事を聞いたのは、一昨年の秋頃だった。計画では、二つの元旅館の土地と建物を取得して、一部を取り壊し改修するということだった。
 その時に、何となく、これは湯野の橋本温泉の原風景とかかわっているような気がしていた。というのは、この橋本温泉辺りの川沿いの旅館の荷物の運び出しが頻繁だったような気がしたからだった。
 それが予想通り「橋本温泉」の話なら、それが進行した風景なのだろうと思う。
 この情報の中では、摺上川を望む浴場はそのまま残すとのことだったが、それが、新館との境に新たに何かを建築していることとのかかわりか。
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 先に、この綿屋付近を中心に橋本温泉を整理したのは、この湯野の橋本温泉が、湯野側の温泉街の起点となる温泉の一つになっているはずだと思っていて、その風景の斜めのラインが、元の共同浴場「せんきのゆ」に降りていく階段の痕跡とみたからだ。

 湯野側の今の温泉通りができたのは、明治19年(1886)だ。
 「ゆの村(秋山政一)」で、大正の初めに堀井繁太郎氏がスケッチした絵に「橋本温泉」とあるものに、元の「せんきのゆ」との解説を見た。また、飯坂温泉の紹介では、仙気の湯は、元和4年(1618)に発見され、昭和42年に湯野橋本より現在地に移転されるとあるのを見た。
 このことから、橋本温泉の共同浴場が「仙気の湯」であったことが分かる。
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 更に、古い地図を確かめると、「綿ヤ」と「佐藤ヤ」の間に「センキノユ」があったということで、「センキノユ」は元和4年(1618)の昔からここにあったのだろうと想像した。
 これが「橋本温泉」のようだ。

a0087378_62974.jpg 風景とのかかわりでは、跡地にも残る斜めの階段のラインが共同浴場「仙気の湯」へ降りて行く道だろう。今も残る橋向かいの橋本館等周りの旅館と共に、この共同浴場「仙気の湯」を中心に、「橋本温泉」を形成していたのだろうと思う。

 そして、内湯が当たり前の時代を迎え、共同浴場「仙気の湯」が移動すると共に、元「仙気の湯」が、旅館の内湯浴場として取り込んだと想像する。
 その後、新館が建築されて現在のような風景になったのだろうか。
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 この情報を頭において、古い「綿屋」の写真を見ると、共同浴場「仙気の湯」が、綿屋の内湯として取り込まれていったのだろうと想像される。
 注目は、写真の共同浴場へ降りて行く階段のラインと残された斜めのラインが一致するように見えること。
 これが共同浴場への道であり、その下に共同浴場「仙気の湯」の想像を重ねてみるとコンクリートで固められた辺りだろう。なお、左側の階段は、「佐藤ヤ」との間なのだろう。

 子規の視た湯野温泉を重ねて想像してみる。
 小雨の中、正岡子規が朝の散歩で十綱橋までやって来た時に視た風景は、この湯野側の風景に、十綱橋を加えて、新道が開発され、旅館が立ち並び始めた活気ある頃をイメージすればいいのだろう。
 子規は、26日の朝に小雨降る中十綱橋まで散歩に出るが、そこには「旅宿を出でゝ町中を下る事二三町にして数十丈の下を流るゝ河あり。摺上川といふ。飯坂湯野両村の境なり。」とある。ここに下湯とあるのが、橋本温泉(仙気の湯)だろうか。
 旅館から十綱橋まで2~3町とのことで、逆にみれば、子規の泊まった旅館は、十綱橋から2~3町のところにある旅館だったという事になる。
 この時に、例の「家のあひから流れ落ちる滝」を詠んでいるので、子規は十綱橋から滝温泉方向に進んでいる事が想像できるということでもある。

 なお、ここから東側が高台になるが、ここを「湯の上」とよぶのは、この「せんきのゆ」の上という事とのことだ。地図ではこの地区が導専とのことで、ここにプロットされるのは、役場だけで、その南側に道路元標が設置される。
 現在では、ここに「導線の湯」があるが、これは昭和37年(1962)に「八幡湯」「大門湯」と共に開湯した比較的新しい共同浴場のようなので、子規の時代にはなかったようだ。
Commented by TUKA at 2012-09-14 22:29 x
知らぬ間にスクラップ&ビルドが進んでるんですね。
十綱橋周辺も随分と景観が変わりそうです。
橋本館南側には「芭蕉の道」なる渡し場へ降りる道らしき坂がありますが、
どうなることやら・・・・。
Commented by shingen1948 at 2012-09-16 17:55
 湯野温泉は、飯坂温泉の摺上川沿いに広がる風景で、その中の橋本温泉は、湯野温泉の原風景とのかかわりで、どう変化するのか見守りたいですね。
 ただ、大きな集団での観光旅行対応から、小グループあるいは、個人的な旅に対応する変化と、そこからはみ出た部分についての対応をどうするかというような問題ともかかわるようで、素人はただ見ているしかないという側面もありそうでね。
 渡し場へ降りる道は、今のところそのままのようですが、橋本館自体についての情報は持ち合わせていません。 
by shingen1948 | 2012-09-14 06:07 | ◎ 芭蕉の足跡 | Comments(2)