人気ブログランキング |

地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31

久しぶりに鯖湖湯に入る~夏の頃

 夏、久しぶりに合った客人が、飯坂温泉に行きたいというので付き合った。
 要望は、飯坂電車で行きたいということと鯖湖湯に入りたいということだ。後で聞いたら、新幹線にあった雑誌を見て思いついたこだわりらしい。
a0087378_453444.jpg
 新しい共同浴場もあることは紹介したが、あくまでも鯖湖湯がいいという。それだけでない。いろいろと案内しても興味のないことには耳を貸されない。
 好き勝手に歩きたい人が、興味を持ったことについて整理しておきたい。

 まずは、湯加減。
 先に入っていた方が湯加減を調整してくださっていたが、暫く立つと段々熱くなってきたが、これも経験として楽しんでいるようだった。
a0087378_4383571.jpg
 そして、湯から出ては、鯖湖湯を中心とした湯沢の共同浴場の整備された雰囲気。
 現在の鯖湖湯の建物は、平成5年に改築されたものだが、老朽化で取り壊された建物と同じようなイメージに立て替えることにこだわったことだろうか。
 老朽化で取り壊された建物は、明治22年(1889)の飯坂町誕生の時に再建された建物だったらしい。
 「飯坂の歴史」によると、明治21年(1888)の湯町から出火した飯坂大火で、湯沢・十綱町の178戸が灰になったが、これをきっかけに新しい町づくりをしたという。
 旧道を広げ、新しい道を造り、錦町、古戸町、旭町、鯖湖町、若葉町などの新町を設置して、若葉町に遊郭を移転したとのことだ。その一環として、鯖湖湯も再建されたという。

 更には、この時の鯖湖湯は、今の足湯のあるあたりに建っていて、現在の鯖湖湯は透達湯があったはずということにも、興味を示す。
 透達湯の建物は、自分の記憶では、今の他の共同湯と同じように、モルタル造りの建物だった。

 この湯沢の共同浴場は、子規の「はて知らずの記」にも鯖湖湯と透達湯の二つの共同湯があったことが記される。
 子規は文知摺観音までで体調を崩し、炎熱に堪へられずに人力車で飯坂温泉にやってくる。着いた旅宿については、今の処、その宿の庭前に今を盛りと山吹が咲き出していたということしか分からない。
 
 山吹のみな月とこそ見えにけれ

 子規が、湯に入ろうと外に出ると、雨が降り出していたという。そこに、その浴場が2箇所あったと記されている。
 本日は貸し切り状態だが、子規が入った時には、風呂はかなり混んでいて、芋洗い状態だったらしい。
 岩代国飯阪温泉三句が、記録されている。
 夕立の下に迷ふや温泉の煙
 夕立や人声こもる温泉の烟
 夕立や人声おこる温泉の烟

 ここに建つ子規の句碑は、「はて知らずの記」にも記される次の一句を選んで記される。
 夕立や人声こもる温泉の煙
Commented by hukusimanomomo at 2015-02-06 16:37
はじめまして。飯坂温泉で生まれた、飯坂生まれと申します。前、市史編纂室におられた鐵貞雄氏からいただいた、飯坂についての小編を、少しずつ私の飯坂温泉のブログに書き写している最中です(エキサイトブログは、他ブロ友と2人の共同運営ブログです)。
ちょうど、透達湯のところを書き写しており、そういえば、昔の透達湯の写真がないかなぁと検索していたらたどりつきました。

いろいろ記事を読ませてくださいネ。よろしくお願いします。

飯坂のブログはこちらです。
http://blogs.yahoo.co.jp/iizakaumare
Commented by shingen1948 at 2015-02-08 18:54
コメントありがとうございます
鐵氏は郷土史家のようですが、科学の分野でお世話になった方だと思います。
楽しみにしています。
by shingen1948 | 2012-09-11 05:20 | ◎ 芭蕉の足跡 | Comments(2)