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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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大河ドラマ「平清盛」視聴~第34話「白河院の伝言」②:回想シーンと第1話「ふたりの父」

 この回想場面は、まだ視聴記録をどう整理するか定まらない時期の展開だった。回想シーンとのからみで、清盛の生母にかかることについて整理しておく。

 ドラマでの清盛の生母は、祇園女御が妹のように可愛がっていた白拍子・舞子という設定のようだ。
 彼女は白河上皇の子を身ごもるが、陰陽師の「王家に災いする赤子」というお告げで、命を追われる身に。逃げてきた舞子を、忠盛がかくまうことになるという展開だ。

 「平家物語」の巻6「祇園女御」でも、清盛が白河院の実子であるともいわれているとする。この要点を整理するのに、「ビギナーズ・クラシックス日本の古典」を参考にする。
 初めの頃は、情報は「日本古典文学大系」の「平家物語」に直接当たって確認し、その整理も日本古典文学大系にある要点を参考にしていたのだが、今は、それを簡素化して、まずは「ビギナーズ・クラシックス日本の古典」で確認をして、落ち着いてから「日本古典文学大系」の「平家物語」原文に当たるという手順。

 ある五月雨の夜、女御の邸の近くで不気味な光を発する鬼のようなものに出くわした。
 法皇は、北面の武士としてお供していた平忠盛に「あの鬼を成敗せよ」と命じたが、忠盛は即座に弓を引かずに近づいて確認した。すると、鬼と見えたのは麦わらをかぶり明りを手にした老法師だった。
 白河法皇は「あの者を殺してしまっていたらどれほど後悔したであろう。弓矢取る身(武士)とは感心なものよ」と、忠盛の沈着冷静な行動を褒めて、院の愛人祇園女御を忠盛の妻に与えたという。
 このとき女御はすでに妊娠していて、生まれたのが清盛だった。
 清盛と言う名は、白河院が忠盛に与えた歌から付けられた。

 <夜泣きすとただもりたてよ末の代に清く盛ふる事もこそあれ>
 (いくら夜泣きしても、忠盛よ、ただ守り立てて、大事に育てよ。成長したら清く盛んに栄えるだろうから)

 第1話 「ふたりの父」の要点は「エキサイトドラマ特集『大河ドラマ平清盛』」からお借りする。
 
「ふたりの父」
 1118年京都。300年の平安を誇った貴族の世も乱れ、武家・平氏の嫡男である平忠盛(中井貴一)も、朝廷の命令のまま盗賊などの捕縛を行う汚れ仕事を行っていた。そんなある日、忠盛は物乞い姿のひとりの女と出会う。その女・舞子(吹石一恵)は、院の御所に出入りする白拍子で、時の最高権力者・白河法皇(伊東四朗)の子を身ごもっていた。不吉な子として殺されることを恐れ、逃げてきた舞子を、忠盛は、追っ手の源氏方の武士・源為義(小日向文世)の追求を逃れ、自らのもとにかくまう。忠盛の家の納屋で、舞子は赤ん坊を産み落とす。その赤ん坊こそがのちの平清盛であった。人を斬ることに疲れていた忠盛と舞子は、やがて心を通い合わせるようになる。

by shingen1948 | 2012-09-09 05:20 | ☆ 映画話題と視聴記録 | Comments(0)