地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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再光坑口推定?~半田散歩から23

 明治43年の「被害地略図」をもとにして、再光地区付近の坑口を推定しようとすると気になる事がある。それは、先に山の稜線をもとに再光坑口を推定したのだが、その位置に比べて相当手前の位置になるからだ。
 これは、ちょっと分からなくなったなぁと思っていたところだったが、「半田銀山坑口・坑道位置」と見比べて納得。というのは、こちらは再光水抜坑口とされる坑口に近そうな位置なのだ。本坑口が別にあるということなら、それで納得ということだ。

 ということで、次のような明治43年の「被害地略図」の読みで、その「再光水抜坑口」と推定される位置情報を引き出してみる。
 まず、略図に=線で描かれるのが、湧水川筋だろうと想像した。
 次に、黒い太い実線が街道筋で、その川を挟んだ向かい側(南側)を走る細い黒実線で描かれる道筋が、銀山諸施設を結ぶ道筋なのではないかと勝手な想像をする。
 そこで、この略図の中でその特異点を探せば、「再光」地区付近で黒細実線が街道筋に抜けるために折れる付近だろうか。ここに坑口がプロットされている。その北西側に銀山関連施設が3棟プロットされている。

 あえて位置情報以外の情報も読めば、この黒細実線道筋と湧水川筋とがぶつかった後、川筋と道筋が重なっているということなのだろうか。この坑口が、再光水抜坑口かもしれないという情報を重ねると、この水抜坑から排水された水が湧水川に流れ込むことを表しているのだろうと想像できそうだ。
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 これは、再光線からこの再光水抜坑口付近を撮ってみた風景だ。赤線の道筋が、略図の黒細実線の道筋で、勝手に銀山諸施設を結ぶ道筋と想像した道筋。そして、黄色い線が、現況では銀山公園に続く北側の道筋で、これが再光水抜坑口から排水された水が流れる水路と湧水川が合わさった水が流れる水路筋の道筋なのだろうと想像する。
 地図情報としては、その突き当たりの付近が再光水抜坑口だろうと推定する。
 実際に歩いてみると、そのやや右側に深い窪地があって、道筋はこちらに回り込んで、その窪地の裏側に、更に西に向かう低地の筋が感じられる。歩いた実感としては、こちらの筋かなと思うが、定かではない。
a0087378_3443119.jpg
 左の道筋が再光水抜坑口に向かう道筋で、3棟の銀山関連施設が描かれるのは、この付近だと思う。これらは、水抜きにかかわる施設なのではないかと想像するが、これも定かではない。
 また、今はその気配はないが、略図では、この付近、2本の平行水路が複雑に走っていたように表現する。その水抜坑から排水される水が大量で、それを湧水川に流し込むための理由なのではとは思うが、具体的な詳細装置は分からない。 

 ここまでの湧水川筋に視点を当てると、この湧水川は、新半田沼から流れ出るのだが、山を下る途中で、上部の各水抜坑口から排水された水を集めていく。この水は銀山精錬工場に導かれ、洗鉱諸施設の用水として活用された後、この再光付近に流れてくるようだ。そして、半田銀山の中では施設の評価が高い再光水抜坑口から排水された水を集めて、女郎橋下を流れていくということのようだ。

 略図の山際の銀山施設が、本坑口とかかわる施設なのではないかと想像する。
by shingen1948 | 2012-07-25 05:21 | 半田銀山 | Comments(0)