地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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大河ドラマ「平清盛」視聴~第27話「宿命の対決」

 前回の視聴率は13.2%と13%台に回復したとか。今回は、昼間に清盛関係の番組を放送し、NHKは視聴率アップに躍起になっているようで、タイトル名も「宿命の対決」と気を引く。
 ところが、その結果は、視聴率(関東地区)は11.7%と再び前回より1.5ポイント下落だったということのようだ。

 さて、今回の清盛の勝利は、後白河と二条の奪還作戦の成功によってもたらされたという事であろうか。
 直ぐに理解できるのは、経宗ら二条親政派の信頼や後白河側近による政治主導に対する反発や、二条帝が六波羅に脱出しようとした意思だが、耳打ちをされた後白河院が二条天皇脱出前にたちまち脱出したその意をすっきり分かたとは言い難かった。というのは、信頼は後白河側近だったからだ。
 これをすっきりとさせてくれたのが、元木氏の「保元平時の乱を読みなおす」で、信頼が単に信西一族の排除を望むだけでなく、帝王とは言いがたい後白河の院政を停止しようとしたとみる見方だ。

 元木氏は、「愚管抄」をもとにした以下の乱勃発後の信頼の行動にその理由を求める。
 信頼は、後白河近臣だったが、乱勃発後は、後白河の院御所を崩壊してその権威を否定し、後白河を内裏の御所院に押し込め、政務から隔離したとのこと。一方、二条天皇を内裏に据えて、天皇の命の名のもとに公的な人事や処罰等の政務を推敲しているという。
 信頼は、仇敵信西を倒した後、公卿の仲間入り2年足らずで政治の主導権を把握して、得意の絶頂に立つのだが、後白河院を否定し、二条親政確立の立役者としてふるまったという事のようだ。
 これで、後白河と信頼との関係が良好でなかった事が分かる。それなら、惜方が後白河院に耳打ちできただろうし、耳打ちをされた後白河院が、二条天皇脱出前にたちまち脱出したであろうことも納得。

 ドラマでは、最初は義朝の子らが守りを固める内裏に、平氏勢が押し寄せることになるが、最後は六波羅近くでの戦いに。
 戦いがこう着状態に入ると、重盛も頼盛も忠清も軍勢を退却させる。それを、源氏勢は一気に攻めようと追いかける。そして、賀茂川を渡って六波羅を攻め込もうとすると、対岸には大勢の平氏軍が……。
 そういう展開だ。
 元木氏は、天皇不在で抜け殻となった内裏に固執する意味がなく、ひたすら六波羅に向かっただろうとみるようだ。

 なお、ドラマと並行して拾い読みで読み進んでいた「新平家物語(二)」は、今回ドラマ展開部分が結構長く、最後のページまで続く。

 第27話「宿命の対決」の要点を「エキサイトドラマ特集『大河ドラマ平清盛』」からお借りする。
 「宿命の対決」
 京に戻った清盛(松山ケンイチ)は、性急には動かなかった。清盛は中納言・信頼(塚地武雅)に恭順の意を示す名簿をかき、さしだすことを提案する。平家一門は清盛の態度に驚く。清盛は名簿を家貞(中村梅雀)に持たせ、内裏へ行かせる。内裏は今や東国の粗野な源氏兵に占拠され、朝廷の体をなしていなかった。義朝(玉木宏)は京に戻っているのに攻めてこない清盛にいらだちを隠せない。清盛は宴を催し、さらに義朝側を油断させる。清盛の本当の狙いは、この間における後白河(松田翔太)と二条(冨浦智嗣)の奪還作戦であった。無事、奪還に成功した清盛と義朝、最後の対決がいよいよ始まろうとしていた…。
 県内のNHK大河ドラマにかかわるニュースでは、来年「八重の桜」放映に向けてのイベント報道が多くなってきている。
by shingen1948 | 2012-07-15 05:20 | ☆ 映画話題と視聴記録 | Comments(0)