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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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熊野神社? ~ 半田散歩から⑩

益子神社に、明治43年(1910)8月16日に発生した「半田沼決壊」についての掲示がある。
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 その中で目についたのが、土石流による建物崩壊の写真と埋没した鳥居に腰を下ろす写真だ。生々しい災害の記録だが、不謹慎ながらおやっと思ったのは、この鳥居が熊野神社の石の鳥居となっていたことだ。
 次のような熊野神社の位置情報までもある。
 「埋没した熊野神社は、益子神社に隣接していて、かつてはお祭りも行われていたが、被災後は石の祠が残る」a0087378_4225716.jpg 
 そういえば、この辺りの住所は「熊野1」ということらしい。

 更に、その被害地略図には、妙蔵寺・半田沼・益子神社と共に、熊野神社がプロットされている。
 散歩の基準の目印として益子神社を確認すると、神社の印があるところらしい。
 熊野神社がプロットされるのは、益子神社の北側に民家が2軒並んでいて、その次の広い空間のある後ろに「熊野」とある辺りだ。その「熊野」は、略図では字名を示しているのだと思う。
 熊野神社の位置情報としては、益子神社の北西方向に民家二軒分程離れた付近ということだろうか。
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 この辺りをぐるぐる回ってみて一番それらしいと感じたのが、この益子神社の裏手の広い空間を挟んだ北側の高台だ。少なくとも元々の地形に石の鳥居の高さ分の土石が溜まった高台になっているはずとの思いだ。
 「被災後は石の祠が残る」とされるが、小心者には、民地に見えるので、確認は遠慮した。
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 ただ、ぐるぐる回っていた中で、街道から民地越しに祠が見えた。位置的に高台とかかわりそうな気もするが、これが熊野神社の祠とかかわるものなのか、屋敷神なのかは分からない。とりあえず写させていただいた。
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 これがその祠。

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 この北側に街道から西に入る道筋がある。位置的には、道筋の右手に門らしきものが写るが、その民家の真南付近が、熊野神社付近だと思うが、小心者にはこれ以上は確認できなかった。

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 この道筋を進むと、その奥に民家があって、その手前に湧水らしき風景も見える。
by shingen1948 | 2012-07-07 05:20 | 半田銀山 | Comments(0)