地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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大河ドラマ「平清盛」視聴~第25話「見果てぬ夢」

 複雑な対立関係なので、どうしても先にその構図が気になってしまっていたところがあった。最近はその関係性がみえやすくなってきた。この回までで、次の乱の対立構図がみえている。とりあえず、その関係性を確認しておく。
 まず、「後白河上皇の近臣グループ」から藤原信頼という公家が頭角を現すのだが、この方、後白河天皇に近待すると、周囲から「あさましき程の寵愛あり」といわれるほどの寵臣となったとか。本郷氏もドラマでは描かれなかったが上皇と男色関係かもとも。
 保元三年(1158)には、26歳の若さで正三位・参議になり、公卿の仲間入りをして、父を越えたという。しかも、同年権中納言に任ぜられ、検非違使の別当右衛門督を兼ねるといった具合だったという。
 そして、信頼がさらなる出世、大将への任官を望み、それを信西が阻止したというあたりをドラマは描く。その様子は、上皇を諌めた絵巻は実在するとのことで、歴史に詳しい方は、ドラマで描写されたことが史実に近いとみているようだ。
 この信頼が、信西を深く怨み、その転覆を企てるのだが、そのために「二条天皇の側近グル―プ」の二条天皇の生母の弟である藤原経宗と手を組み、源義朝と固く結び付く。
 本郷氏は、この源義朝と固く結び付くということが、貴族が政局を思い切って変革するには、武士の協力が必要である事を学習した結果だとする。そういう意味では、信頼は子息の信親を清盛の娘と婚約させて、平家との協力も模索していたようだが、確かな手ごたえが得られなかったという。
 これが、清盛が京都にいない時期を狙ったクーデター決行計画とかかわるという。

 清盛と信西の結びつきの関係性の中で描き出されるのは、信西の行政手腕だろうか。このことについては、「坂の上のサイドボード」に行政官としての仕事ぶりや伝統ある宮廷行事の復興についての紹介を目にしたところだが、本郷氏は、信西のその仕事ぶりを大局的に紹介する。
 それによると、その改革ビジョンは、公家と武家と寺家が王の元に集結し、支配階層を形成するというものらしい。その権門たちは互いの特徴を生かし、相互補完し、荘園公領の民衆を統治する。王である天皇上皇はそれら権門をまとめ上げ、国家の頂点に建つというもので、黒田氏のいう「権門体制」というものとか。
 具体的には、保元の新制を定め、規範に則っていない荘園を整理し、僧兵や神人の取り締まりを行ったという。また、記録所「裁判を行う役所」を復興、天皇の勢威を表現する大内裏を再建したとも。
 「愚管抄」には、信西は厳密に計画を立て、費用を計算し、諸国の過重な負担にならないようにしたとあるらしい。
 彼は、自ら算木を使い、夜半から暁にかけて、計算の音が殿舎に響いたとあるとのことだが、ドラマでは、次の乱の予告する形の中でその様子が忠実に描かれていたように思う。

 第25話「見果てぬ夢」の要点を「エキサイトドラマ特集『大河ドラマ平清盛』」からお借りする。
 「見果てぬ夢」
 出世を果たしていく清盛(松山ケンイチ)と、父を犠牲にしても、身分の上がらない義朝(玉木宏)。いつしか義朝の心には無念の心が渦巻いていく。更に妻・由良(田中麗奈)が病に伏す。そんな中、義朝の嫡男・頼朝(中川大志)は初めて平清盛と会い、その存在感に圧倒される。一方、信西(阿部サダヲ)の権勢はますます増し、後白河上皇(松田翔太)の近臣・藤原信頼(塚地武雄)は信西をけん制する。ある日、由良は、ついに死の床につき、義朝は清盛から宋の薬を得ようとするが、由良は平氏に頭を下げてはいけないといいながら息をひきとる。
 行き場のなくなった義朝は、常盤(武井咲)のもとへいくが、由良を失った寂しさは癒せない。
 信頼はそんな義朝を呼び出し、自分と手を組み、信西の首を取れともちかける。
 視聴率は、10.1%とのこと(関東地区)。
by shingen1948 | 2012-07-01 05:20 | ☆ 映画話題と視聴記録 | Comments(0)