地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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大河ドラマ「平清盛」視聴~第24話「清盛の大一番」

 この回の物語は、平家の財力と武力を借りて権力を拡大していった信西とその信西の引き立てによって出世を重ねた清盛と平家一族との関係性が中心だろうか。
 その中の信西の行政手腕をうかがえる逸話とその意義については、大河を楽しむヒントを頂いている坂の上のサイドボード「平清盛 第24話「清盛の大一番」」が参考になる。
 この事が重要だと思うのは、次の歴史の展開の中で、行政を担うべき階層には、その行政手腕とビジョンがなかったことが、権力移行へつながる一つの要因であったろうと思われるからだ。

 前話あたりから、ドラマと「新・平家物語(吉川英治氏)」の展開を読み比べているが、「叔父を斬(き)る」の回に相当するのが、「新・平家物語『2』」の「窮鳥」の項辺りから「夜の親」の項あたり。
 「窮鳥」で、叔父忠正が清盛の前に出現し、それを捉えた清盛がその処置に迷って、信西に相談するのが「黒業白心」の項だが、「新・平家物語」では、その決断は清盛が下す。そして、「いかずち雲」の項で清盛は、叔父忠正とその子どもたちを処刑する。これが源氏側に先行することで、義朝を追い詰めるという展開だ。「保元物語」に、「清盛は自分が忠正を斬れば、義朝も為義たちを斬らざるを得なくなることを見越して、すすんで叔父の処刑に踏み切ったと記されている。」とのことだ。
 ドラマでは、源平同時進行で描くが、「新・平家物語」では、この回も含めて、この「保元物語」を土台に展開にしているのだろううと想像する。「坂の上のサイドボード」によれば、実際には為義たちの処刑は忠正たちの処刑の2日後らしい。
 「新・平家物語」では、その後の世間の風当たりの強さを描く。

 ドラマでは、脇の話として、1156(保元元)年7月讃岐へ流罪となった崇徳上皇がひっそりと京を離れる様子を描く。そして、その姿を、かつて崇徳上皇と親交のあった西行がそっと見送るという展開になる。
 これを、西行の視点で物語を展開する「西行花伝(辻邦生)」では、それまで崇徳上皇を気遣う行動をとっていた西行が、この時突然姿を消しているという展開になる。いずれにしても、ドラマでは、視聴者が西行と崇徳上皇との交流をイメージしているという前提ですすめているように思える。

 ドラマでは、清盛と同じく戦の始末で肉親を斬った源義朝が、左馬頭という低い官職にとどまったままであり、恩賞をもらうべく信西を訪ねたり、藤原師光に冷たくあしらわれたりすることを描き、清盛と義朝の宿命の対決の伏線にしているように見える。しかし、本郷氏によれば、通説としてはそう描かれることが多いのだが、実際には、都を中心に展開していた平氏とそうでない源氏の扱いとの差は妥当なものであるという。もし、ドラマの展開に従うとすれば、道理としては、藤原師光や信西の扱いが妥当ということになるらしい。

第23話「清盛の大一番」の要点を「エキサイトドラマ特集『大河ドラマ平清盛』」からお借りする。
 「清盛の大一番」
 大学生・信西(阿部サダヲ)がとりしきる、後白河帝(松田翔太)の政が始まった。信西は手始めに内裏を修復し、宮中行事としての相撲節会(すまいのせちえ)を復活させるなど、精力的に政を行う。相撲節会の資金集めもあり、税収入の徹底を始めた信西は、清盛を鎮西に送り、税を納めない太宰小弐・原田種直(蟹江一平)から税をとりたてることを命じる。一方、清盛の長男・重盛(窪田正孝)は、叔父殺しを命じた信西につき従う父のやりかたに納得がいかず、父に進められた成親(吉沢悠)の妹・経子(高橋愛)との縁談にもいまひとつ乗り気にならない。鎮西で原田を制圧した清盛(松山ケンイチ)は、そこで手に入れた茶器を使って、相撲節会で自分の名を高めるための一計を案じる。それは、清盛が太宰大弐となり、更なる出世を約束される計略となるものであった。

 なお、継続性にこだわって視聴率を記録すれば、第24回は12.1%とか。
by shingen1948 | 2012-06-23 05:20 | ☆ 映画話題と視聴記録 | Comments(0)