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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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塞耳庵脇の水路~半田散歩から

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 「地域の人々が伝える祈る心」にかかわる散策をメインに半田地区を歩いていた。その散策で、塞耳庵を訪ねた時に、豊かな水をたたえる川筋を感じた。それが、この早田邸の東側を流れる水路だ。

 ただ、この時に、これが半田沼公園管理棟の掲示で半田沼から流れ出る「亀張水路」と紹介される水路とかかわっているということに気づいていない。
 そう気づいたのは、水路をたどって歩いてからだ。
 その「亀張水路」とこの水路とのかかわりだが、「亀張水路」は普蔵川を本流としていて、そこから用水路として分流して二つの水路になって流れるが、この水路は、そこから更に枝分かれした水路のようだ。
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 早田邸では、この水を活用するため、その枝分かれして分流する水路から更に分流させて、屋敷内に取り込んでいるようだ。
a0087378_4564864.jpg 印象的なのは、この屋敷に取り込むための水路の様子だ。かなりの急こう配で、その水路の底にあたる部分の凹凸は、その水の勢いを制御する工夫なのだろうか。

 水路を目にすると、その上流を確かめてみようとするのはいつものことだが、今回は更に半田銀山発電所の視点からも気になっている。
 この半田銀山発電所は、銀山に関わる発電所のようだが、庭坂発電所の建設ともかかわるらしいという情報を見たからだ。
 庭坂発電所は、全国2番目の発電所とされるらしい。明治28年に菅原道明が、福島電燈会社が創立するが、その時に、庭坂村の天戸川に完成させた水力発電所とのことだ。
 菅原道明氏が、この事業を行うのに、明治26年頃、半田銀山経営者五代龍作に発電所見学を頼み、その水力算定の方法の基礎を教えてもらったとか。
 それなら、日本で2番目の冠を半田銀山発電所につけてもよさそうだが、その冠は電力事業を営業とするための発電所に付けるらしい。この時点で、鉱山事業のための水力発電は、ここだけでなく院内や阿仁などでもやっていたとのことだ。

 半田銀山の水力発電所の紹介に、県内初の発電所という冠を見る事があるのは、そんな事情からなのだろうか。
by shingen1948 | 2012-06-13 05:20 | 半田銀山 | Comments(0)