地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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半田の「地域の人々が伝える祈る心」

 「地域の人々が伝える祈る心」を視点に半田地区を巡って感じることの一つが、これが、今でも日常の風景になっているような気がする事だ。
 今の散歩とのかかりでめにすることができる案内は「直往堂」で、案内板では「孝子・善之丞墓所」とされる。
 その案内板で説明される一つが善之丞の善行だが、この説明では、これが「坂町観音寺に保管される「孝子善之丞感得禄上下2巻の版木と曼荼羅2幅」に表現される内容にかかわることである事を知っているという前提になっている。

 それで、その視点で「坂町観音寺」に出かけてみたのだが、その「今でも日常の風景になっている」と感じる風景があったことにふれる。
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 その一つが、観音堂の後ろの御堂の中に、坂下観音講の提灯が見える。去年の西山城現地説明会の時にはここを通っているのだが、その時には見えていなかった風景だ。
 視点を持っていることで、見逃してしまったということだろうと思う。
a0087378_5245958.jpg その二つが、この釈迦堂。ここも、今回の震災の影響を受けたままになっている。
 案内板の「此釈迦堂は、江戸時代の世迄今の字古釈迦堂地内に在り、御本尊○○珠人○は当時のものである。昭和46年10月」が読める。

 そして、先に整理したこの寺の案内板に、「孝子善之丞幽冥感見の曼荼羅2幅(平成6年4月28日町指定)」をみつけたことだ。

 なお、先にも記したが、「直往堂」の案内板の移動にかかわる記載に、さりげなく「塞耳庵」とあるのも、「塞耳庵」が無能上人をイメージする事を前提にしていると感じる。その無能上人の「塞耳庵」の案内を見ないことも、「今でも日常の風景」になっていることとかかわるのかもしれないとも思う。

 これ等がワンセットになって、ようやく半田の「地域の人々が伝える祈る心」に接したつもりになれたといったところだろうか。
by shingen1948 | 2012-06-08 05:28 | ◎ 地域散策と心の故郷 | Comments(0)