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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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地域の人々が伝える祈る心~直往堂②

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 こちらが、善之丞氏の墓碑だろうか。墓碑は倒れているが、地元の方の思いは供えられた花に象徴されているように思う。

 案内板では、さりげなく「孝子善之丞感得禄上下2巻の版木と曼荼羅2幅が、坂町観音寺に保管されている。」とする。

 その曼荼羅は、福島 県立博物館の「生の中の死」展にも出品されたと聞くが、その展覧会は見ていない。
 この中の曼荼羅2幅は、絵の内容を口承で説明する絵解きに使われたものらしいとのことだ。その内容は「孝子善之丞略伝」の内容に沿って、地獄、極楽を中心にして各場面が描かれているとのことなので、「孝子善之丞感得禄」も一連の資料のようだ。

 絵の内容は、伊達郡半田村の孝子松野善之丞が父の病気平癒を願い、観音寺観に参詣を果たしたところ、地蔵菩薩に連れられ地獄、極楽をめぐる話を中心にしている。そして、最後に父の病気が回復し、善之丞自身も出家、念仏して、元文2年(1737)3月15日に楽往生を遂げたというものとか。
 ここで、善之丞に冥途を感見させたのは、実は無能上人であったことも説かれているという。

 概略はこんなところだと思うが、ここまでだと「だから何?」という感覚が残ってしまう。
 伝説的な話は避けてきたところだが、ちょっと深入りしてみる。

 その道に詳しい人、あるいは地元の方々のイメージでは、これ等は江戸時代の中頃、奥州伊達郡南半田村に住んでいた松野善之丞が、実際に地獄極楽を体験し、その話を元に描かれたという体験談であるというのが前提になっているようだ。
 「孝子善之丞感得禄」や「孝子善之丞略伝」の内容は、少なくとも昭和40年代位までは地元ではかなり知られた話とのことだ。
 孝行は、道徳の徳目の一つだが、仏教の立場から、封建的儒教道徳の重要な徳目の一つ。この話を実体験談とする効果は、孝の大切さを鼓舞しながら、地獄の恐ろしさと、極楽の素晴らしさに実在感が増すという事のようだ。地獄極楽を、具体的に細々と詳しく分かりやすく衆庶に説くことで、人々を念仏信仰に導こうとしたらしい。
 その説得力でこの絵を見ると、この絵が別の見え方になるのだろうと思われる。

 この話が、清水町宿「阿弥陀堂」付近まで知れわたっていてもおかしくはないということでもあるようだ。
by shingen1948 | 2012-05-31 05:45 | ◎ 地域散策と心の故郷 | Comments(0)