地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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大河ドラマ「平清盛」視聴~第17話「平氏の棟梁」

 前年の震災でテレビも飛んで、視聴可能なテレビは茶の間の1台だけだ。大河ドラマから家族の意識が離れてしまえば、この大河ドラマ視聴が危うくなる。マイブームの雰囲気を家族の中に漂わせておくことが大切だ。
 そういう意味では、出演する役者さんとか視聴率の情報も大切な話題の一つだ。
 今回のその視聴率は、13.9%とのことで、やや持ち直したようにも見える。
 東の都人の視聴率は、第11回13.2%あたりから下がり始め、第12回12.6%、第13回11.3%と下降線をたどった。第14回にやや持ち直して、底をうったかと思えた13.7%たったが、前々回の第15回12.7%、前回第16回11.3%と再び低迷していた。

 ドラマ展開の年代としては、第16話「さらば父上」と変わらない。しかし、平氏の棟梁を清盛が引き継ぐということでは、大きな変化点である。
 「平家物語」に親しむという視点では、巻1鱸<すずき>あたりで変わりなし。
 清盛が安芸守となり、瀬戸内海の制海権を手に入れるのが1151年で、1153年忠盛の死後に平氏一門の棟梁となるあたりだ。清盛は、34歳から36歳、やがて「保元・平治の乱」というふたつの乱が勃発する。

 坂の上のサイドボード「平清盛 第17話「平氏の棟梁」」では、清盛の家族関係に視点をあてて整理される。家族にマイブームの雰囲気をつくるということでの参考になるのは、清盛の子と孫のかかわりと、その妻とのかかわりあたりだ。
 特に、嫡男重盛は、「平家物語」とのつながり確認で、ちょっと親しみを持っている。というのは、大河ドラマ「平清盛」第14話「祇園闘乱事件」と「平家物語」とのかかわりを確認するのにてこずっているところだが、そこでこの人物を見かけていたのだ。
 「平家物語」には、祇園闘乱事件そのものはなさそうだ。ただ、素人目には、安元3年(1177)頃に起きた事件が、似たような事件だと思えている。清盛60歳の時だが、山門強訴で重盛の家人が、神輿に矢を射ったという事件が起きる。
 その中で、この清盛の息子の重盛が有能な人物像として描かれている。

 物語のこれからの展開で、最初の妻との間の子であるこの重盛とその弟の基盛は早世することになる。そして、清盛にとって三男である継室時子との間の子である宗盛が、平家の棟梁になるということだ。今回のドラマで、宗盛と重盛・基盛とのかかわり合いを強調した展開にしたのは、その伏線が視野にあるのだろうと想像する。

 「古道諸説を歩いてみる」地域散策とかかわる今回の登場人物は、奥州侵略にやってくる頼朝とその母義朝の正室・由良、そして、信夫の佐藤氏がかかわる義経の母となる常盤。なお、弁慶は、「祇園闘乱事件」でちらりと顔を出していたようだ。

 第17話「平氏の棟梁」の要点を「エキサイトドラマ特集『大河ドラマ平清盛』」からお借りする。
 1153年、家盛(大東駿介)・忠盛(中井貴一)の死を経て、ついに清盛(松山ケンイチ)は平氏の棟りょうの座につく。父・忠盛の仕事をひきついでいく清盛だったが、忠盛が残した功績ははかりしれず、棟りょうとしての自分の器に不安を感じ始める。また、先妻・明子(加藤あい)との子である重盛、基盛と正妻・時子(深田恭子)の子である清三郎、清四郎は、置かれた境遇に小さなわだかまりを感じる年頃になってきていた。宗子(和久井映見)も出家し池禅尼となり、新たな体制を敷いた平氏一門であったが、時子もまだ家人たちをまとめるにはおぼつかなく、不安な船出となる。そんな平氏一門を見かねた家成(佐藤二朗)は、棟りょうとなった清盛を朝廷にお披露目すべく、歌会を催し、そこで清盛に歌を一首歌わせようと画策する。

by shingen1948 | 2012-05-03 05:21 | ☆ 映画話題と視聴記録 | Comments(0)