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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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大河ドラマ「平清盛」視聴~第16話「さらば父上」

 第16話「さらば父上」の回は、親しみやすかったと思ったのだが、東の都人の意にはかなわず、前話12.7%の視聴率より下がって、11.3%だったとか。
 手持ち資料によると、ドラマ展開の年代は、清盛が安芸守となり、瀬戸内海の制海権を手に入れる1151年から、忠盛の死後に平氏一門の棟梁となる1153年あたりで、清盛は34歳から36歳頃だろうか。
 ここに、1156年清盛39歳の保元の乱に向けた伏線が設定される。

 大河ドラマの展開に重なる「平家物語」に親しむ試みという観点でみると、第16話「さらば父上」と重なるのは、巻1「鱸<すずき>」あたりだろうか。
 巻1「鱸<すずき>」の要点を「日本古典文学大系32『平家物語(金田一春彦・渥美かをる・小澤正夫・高木市之助校注)』<岩波書店>」の注からお借りする。
 忠盛は上皇の御所に仕える女房にかよっていたが、彼女も忠盛の愛人である事をかくそうとはしなかった。その女房は風流の名が高かった忠度の母となった人である。
 忠盛の子、清盛は保元・平治の乱で抜群の功を立て、以来順風満歩、大政大臣にまで昇進した。これも熊野権現の御利益だが、かつて清盛が熊野参拝の時、大きな鱸が舟の中に躍り入ったことがあった。
 父忠盛の死と、清盛の引き継ぎあたりが読み取れる。

 「坂の上のサイドボード」では、第16話「さらば父上」に合わせて、父忠盛に視点をあてて整理される。
 今までの物語の展開に加え、「平家物語」とかかわる以下の二点が加えられる。
 その一つが、巻1「鱸<すずき>」にかかわる。
 『平家物語』にも、備前から帰ってきた忠盛が鳥羽院に「明石浦はどうであった」と聞かれて、即座に「有明の月も明石のうら風に浪ばかりこそよるとみえしか」(残月の明るい明石浦に、風が吹かれて波ばかり寄ると見えた)と詠んだエピソードが残されている。「明石」と「明かし」、「寄る」と「夜」をかけた歌で、その出来栄えに鳥羽院も大いに感心したという。
 更にもう一つは、「平家物語」巻9「敦盛最期」の「一ノ谷の戦い」にかかわる。
 この部分は、敦盛と熊谷の敵としての出会いを心情との響きあいの中で物語られる。その場面の重要な役割を果たす笛だが、この笛と忠盛とのかかわりから忠盛像に視点を当てられる。
 管弦では笛をよくしたという。「小枝(さえだ)」という笛を鳥羽院から賜り、それを三男の平経盛に譲り、それがさらに孫の平敦盛に伝わったことが、『平家物語』の「敦盛最期」に見える。その他、舞は元永2年(1119年)の賀茂臨時祭で舞人を務め、見物の公卿に「舞人の道に光華を施し、万事耳目を驚かす」と称えられたほどであった。ドラマでの忠盛は無骨な武家の棟梁としての一面だけしか見られなかったが、実際の忠盛は和歌、管弦、舞などの芸術面にも優れた文化人でもあったようである。

 「大河ドラマ『平清盛』に合わせて『平家物語』に親しむ試み」という視点から、第16話「さらば父上」の要点を「エキサイトドラマ特集『大河ドラマ平清盛』」からお借りする。
 摂関家では、忠実(國村隼)・頼長(山本耕史)親子と忠通(堀部圭亮)の近親間での権力争いが激化し、ついに為義(小日向文世)らを使った忠通邸襲撃事件にまで発展する。一方、高野山再建を成し遂げた清盛(松山ケンイチ)には安芸守の任が授けられ、父・忠盛(中井貴一)は刑部卿に任じられた。けれども、忠盛は病に倒れてしまう。そのころ、忠通側につく美福門院(松雪泰子)は、一計を案じ、鳥羽(三上博史)の近臣である家成(佐藤二朗)を頼長に襲わせ、その報復に平氏を使って頼長を襲撃させるよう画策する。しかし、病の忠盛を見舞いに来ていた清盛はその密命を拒否するよう忠盛に進言する。忠盛ははじめて一同の前で自分が生きてきた目的は武士の世をつくるためだったと語る。忠盛は、清盛に棟りょうの座を譲ることを決断し、一門の前でそれを表明した後に世を去る。

by shingen1948 | 2012-04-26 05:20 | ☆ 映画話題と視聴記録 | Comments(0)