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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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続・旧道諸説を歩いてみる②

 NHK大河ドラマ第15回「嵐の中の一門」の物語の奔流は、久安5年(1149年)5月、高野山の大塔の再建という出来事だが、それを『平家物語』で確かめてみる。
 「坂の上のサイドボード」に紹介される部分の概要をもとに、家にあった「日本古典文学大系32『平家物語(金田一春彦・渥美かをる・小澤正夫・高木市之助校注)』<岩波書店>」を眺めると、巻第3の「大塔建立」とあるあたりのようだ。
 高野山の大塔修理を終えた清盛が弘法大師(空海)の廟である奥院に参ったとき、眉毛の太い二股の杖をついた僧侶が現れて、「厳島を修理すれば肩を並べる者がないほどに出世するだろう」と予言した。弘法大師の化身だと思った清盛は忠告どおりに厳島の造営に着手。やがて工事が終わって清盛が厳島に参詣すると、うたたねの夢のなかに神の使者が現れて銀柄の小長刀を清盛に与え、「この剣をもって一天四海を鎮め、朝廷の守りとなれ」と告げた。その後、厳島大明神のお告げがあり、「高野の聖がいったことを忘れるな。ただし悪行があれば、子孫まではかなうまいぞ」と述べたという。(「坂の上のサイドボード」より)

 「旧道諸説を歩いてみる」ほうだが、まずは「はっつけ地蔵」―坂上―坂下―高並の道筋の風景は、以下の案内板にある他の消滅字をもとにイメージする。
 〇 入真田(いりさなだ):真田は、新田と区別された土地で、真田の奥の意
 〇 真北(まぎた):関谷村と浅川村との境の堀が、真北に伸びていた事に由来。底の深い泥田だった。
 〇 入真北(いりまぎた):真北の奥の意
 〇 柏山(かしわやま):柏の木が多い山
 〇 八神沢(はちがみさわ):由来不明。土質の肥えた畑地だったとか。
 その前段に、「元々、ここ金谷川は、1889年に、金沢村、関谷村、浅川村が合併して「金谷川村」なっていたが、1955年にこの「金谷川村」が、「松川町」に合併された」との経緯解説がある。
 これをヒントに道筋をイメージすれば、池の次の風景が、「入」とつく、奥地をイメージする風景であり、その坂道を登ると「はりつけ地蔵」だが、これが当時の村境で、ここで一息つくのだろうが、その道筋の左手に柏の木の生い茂った柏山が見えるという感じだろうか。

 この道筋と、先に散策した道筋のつながりを確かめてみている。
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 手にした地図は、現在も北門があって、そこから先に散策した道筋につながるように表記されているが、実際の風景は改変されている。現在は、その門はない。削り取られて、大学の駐車場に開発されているようだ。その奥を確認すると、そこから先に行かないように鎖で道筋が仕切られている所がある。

 先の散策で見覚えのある風景が、この道筋の先に写っている。

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 そこを拡大する。諦めて、戻って右手の道をくだったのだが、その地点だ。
 先の散策で道が切れて諦めた地点は、直ぐ目の前だった。ちょっとだけ、藪を漕げば直ぐにこの地点にたどり着いた事が分かる。こちら側からはその様子がはっきり分かる。


a0087378_43737100.jpg

 図書館脇の「はっつけ地蔵」まで戻りながら、旧道諸説の一つの道筋をイメージする。


 図書館からは、自転車を置いた北門に下る。
a0087378_4445438.jpg
 どうでもいいことだが、コンクリートの隙間のタンポポが、……。
 蕾のがくは開いているのだか、咲いている花のがくは閉じているように思えるのだが、日本タンポポにそんな生命力はないのではとも思うので、そんなはずはないと思いつつ、とりあえずパチリ。
by shingen1948 | 2012-04-22 05:23 | ◎ 奥州侵略の路 | Comments(0)